■桜蘭高校ホスト部■

□専属執事
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つややかな光沢のある黒いフロックコートに、白いベスト、アスコットタイ。

いつも下ろしている前髪を今日は軽く後ろに流し、額をあらわにした様子は、鏡夜先輩の端正な面持ちをさらに引き立てている。


「なにかご希望は?ハルヒお嬢さま」

「…どうしちゃったんですか、なんか…変な感じ」

「そうか?ホスト部にしては地味な衣装だろう」

「そういう事ではなくて…」


今日の趣向は執事喫茶。
たしかに、いつものコスプレの奇抜な企画にくらべたらスタンダードな扮装ではあるけれど。


今、開店前の第三音楽室には、自分と鏡夜先輩の二人きりなのだ。
慣れない状況に緊張しながら、おずおずと尋ねる。

「まだ開店準備があるのに…なんで自分がここに座らされてるんですか」

「忘れたのか?今日はホワイトデーだろう」

「…あ」


正直に言えば、忘れていたのだが。

放課後はいつも部員たちが一緒にいるので、付き合い始めてからも学校で二人きりになる事はあまりない。
たとえ開店前のわずかな時間でも、二人の時間を作ろうとしてくれた事がうれしい。

「…ありがとうございます」

うれしいのになんだか照れ臭くて、そっけなく答える。


正装を着こなした先輩は、いつにも増してクールで大人っぽくて、かっこよさ3割増。

執事姿の先輩にエスコートされる女の子が羨ましい…と思いながら見つめていたのを、もしや気付かれていたのだろうか。

顔に出ていたかな…と思わず表情を引き締める。

そんな自分の心の中を見透かしたように、先輩は大仰な仕種で執事の演技を続ける。


「さあ、お嬢さまのお望みは?今なら無報酬でどんなご命令にも従いますよ、今はハルヒお嬢さまだけの執事ですから」

「そんなこと急に言われても…」

「早くしないと時間切れですよ?」

「えっ」


時計を見ると、ホスト部の開店時間が迫っている。衣装に着替えた部員たちもそろそろやってくる頃だろう。
自分の慌てる様子を面白そうに見下ろしながら、先輩は白い手袋をした指でクイッとメガネを持ち上げる。


「いかがなさいますか、お嬢さま?」

「ち…ちょっと待ってくださ…」

こんなチャンスを無駄にしたくない。
自分の望むことはただ1つ。


「なんでも叶えてくれるんですよね?」

念を押すように問うと、先輩はもちろん、と頷く。



自分は先輩を見上げて、

執事に『命令』した。



「もっと二人きりでいたい…です」



先輩はふいに微笑むと、優雅な仕種で頭を下げて、言った。

「お嬢さまのお望みのままに。ですが…」


――延長料金はしっかりいただきますよ。


え、と聞き返す間もなく、唇が触れた。
驚いて身体を離そうとするが、いつの間にか白い手袋が自分の頬に添えられ、動きを封じていた。

「延長分の報酬にはまだ足らないな…」

そんな呟きと共に、再び近付く唇。
止めなくちゃと思っても、先輩の眼鏡の奥の瞳はもう熱を帯びている。そんな風に見つめられて、避けられるわけがない。


「だけど…っ!もう、みんなが来るって…」

「ああ、それは大丈夫。部員には今日は臨時休業だと伝えておいた」

「えっ」

という事は、最初からこういう計画だったんですね、先輩!

目の前の執事は、自分の抗議などお構いなしで余裕の笑みをたたえている。

「言っただろ。今日はおまえだけの執事だ」



私の専属執事は、ちょっと意地悪だ。



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