□よみきり短編□
□睡蓮〜まどろみ
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レオはどさり、と音をたててベッドに倒れ込む。
「いけません、夜会服のままでは…」
有能な執事はすぐさま近寄って、寝そべるレオの上着を剥がしにかかる。
「うるさい、放っておいてくれ!」
口うるさい執事の小言など、今夜は聞きたくない。
毎晩のように開かれるパーティ。
楽しくもないのに笑ってみせて、口先だけのお世辞で相手の顔色をうかがう。
バカバカしい。
こんな事が永遠に続くのかと思うとゾッとする。
レオは苦々しく顔をしかめる。
疲れた。今夜はどうしようもなくイライラする。
「レオ様…」
なにかを言いかけた執事の顔を見て、レオは声を荒げる。
「そんな目で見るなよエドガー。パーティの間はちゃんと愛想を振り撒いてきた。トレイシー家当主としての役目は果たしたさ!」
これは八つ当たりだ。自覚しているからますます情けない。こんな姿は誰にも見られたくないのに。
「もう、あっちへ行け!気分が悪い!一人にしてくれ!」
吐き捨てるように言うと、ベッドの上で背中を丸めるようにして頭を抱える。
このまま去ってくれ、とレオは思った。
だがいつまでも背中に感じる気配は消えない。
「…子守唄を、歌ってあげましょうか、昔のように」
堅物執事から発せられた思いも寄らない言葉に、レオは驚いてエドガーを見上げた。
「え?」
「いいのですよ、もう無理をなさらないで。あなたは頑張りすぎです…」
そう言ってベッドの横の床に膝をつく。手をのばし、そっとレオの髪をなでた。
「このままでは壊れてしまう。せめて私の前では、貴族の仮面は外して…私にだけは素顔のあなたを見せてください」
悲しいぐらい優しく微笑んで、エドガーはいたわるように撫で続ける。
何度も何度も、まるで子供をあやすように。
カッと頬が熱くなる。
レオは枕に顔をうずめた。
(エドガーの前だから…だよ)
心の中でつぶやく。
エドガーはトレイシー家の再興を誰よりも望んでいる。
それは前当主である父の意思。
それを知っているから。
弱い所を見せたくない。
立派な当主になりたい。
おまえのために。
そう思って気を張っていたのに、エドガーの手はとても暖かくて。
必死で強がっていた気持ちがほどけてしまう。
じわりと涙が浮かぶ。
「エドガーの馬鹿…」
いつまでも子供扱いするんだね。
人の気も知らないで。
だけど今日だけは、このままおまえの温もりの中で眠らせて…。
低く甘やかな歌声を聞きながら、レオは穏やかな眠りに落ちた。
=end=