■万歳!お嬢さま■

□わがまま≦勇気
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幸崎はいそいそと車を降りると、外にまわって私の座席のドアを開ける。

「お嬢さま、あの…」

いつもなら急ぎ足で校舎に向かう私だが、幸崎のか細い声に呼び止められて立ち止まる。


「なによ、急いでるんだけど」

「…最近、夜などはぐんと冷え込むようになりましたね」

「はあ?」


なぜ今さら天気の話?


「もう12月も末ですし、雪など降ってもおかしくない季節であるわけで」


なんとも歯切れの悪い口調でそこまでいうと、幸崎はずり落ちかけたメガネをぐいっと直した。
私は続く言葉を待ったが、迷うように小さく開いた唇はそのまま固まってしまったようだ。


「なんなのよ?何が言いたいんだかサッパリだわ」

私は腕を組み、イライラしながら幸崎の長身を睨み上げる。
幸崎はグッと顎をひくと、意を決したように意気込んで言った。

「ですからあの…12月末ともなりますと、雪深い遠方の国より参られる老紳士をお迎えする西洋的行事が行われる時期でございまして」

「は?…クリスマスの事?」

「わ、私にとってはお嬢様と迎える、は…初めての記念行事となりますので…!お嬢さまにご満足いただけるよう、滞りなく遂行するにあたり速やかに事前準備を行いたいと考えておりまして!」

「…なに赤くなってんのよ」

私は半ば呆れて言った。
つまり私に「クリスマスの予定」を聞きたいだけなのだ、この不器用な男は。

幸崎は手帳を取り出すと、ビッシリと書き込まれた文字を読み上げる。


「えー、私の考案中プランを申し上げますと、まず午後1時より来日中のバレエ団のマチネを観賞の後、渋滞を避けて水上挺で横浜に向かい、ホテルのダンスパーティに参加、8時より同ホテルの展望レストランに参りましてお嬢さまのお好きな中華料理と夜景を楽しみ、その後…」

「あー、それ無理。私その日バイトだもん」

「え…」

「言ってなかったっけ。バイトの後に店でパーティーやる事になってるのよ。それぞれ友達とか彼女とか呼んでけっこう集まるみたい」

「そ…そうなんですか」

見てわかるほどに肩をおとす幸崎。

最近、送迎車の中で私を待つ間、幸崎が深刻な顔で手帳を睨みつけているのには気付いていた。
なにか隠してる、とは思っていたけれど…。


「あんた、助手席の下になんか溜め込んでるでしょ」

「はぁ…参考になればとクリスマス特集の雑誌をいくつか」

「バブル時代じゃあるまいし、そんなプラン、あんたの安月給じゃ無理しすぎよ。現実を見なさいよ…」


安月給で働かせているのは私なのだが、それは棚に上げて私は諭すように言う。

しぼんだ風船のように小さくなっていた幸崎がふいに顔を上げた。
思い詰めたような真剣な視線に正面から見つめられる。

「な、なによ」

「あなたは稲葉家のご令嬢として、毎年盛大なパーティにお出かけでした。ご満足いただくにはこのくらいの事は…」

「あのねぇ、私がなんのために家を出たと思ってんの。そういう成金趣味がイヤになったからでしょ?店のみんなと手作りしたパーティの方がよっぽど魅力的よ」

「やっぱり!お嬢さまは、あの青木とかいう大学生と聖夜を過ごされるおつもりなんですねっ!」

「はぁ?なんで先輩の話になるのよ。まあ確かに、先輩が企画した集まりだけど…」

「ああっ!やっぱり!」

「うるさいわね!とにかく、クリスマスの日は迎えの車はいらないからねっ!」


そう言って、私はウジウジとうなだれる幸崎の胸に封筒を叩きつけた。


「車で来たらあんたがお酒飲めないでしょ。歩いてきてよ、パーティなんだから!」

「え…」

「言っとくけど、飾りつけも料理も手作りだから、あんまり期待しないでよね」


そう言い捨てると、私は幸崎を置いて校舎に向かってズンズンと歩き出す。


ずっと憧れていたのだ。

親しい人を精一杯のもてなして迎える、あったかいクリスマス。

あの堅苦しい家を出て、はじめて幸崎と2人迎える聖なる夜。

世間知らずな私だけじゃ、幸崎を喜ばせるパーティなんかできないから……。



気になってそっと振り向くと、幸崎は車のドアも開け放したまま、私の手書きの招待状を持っていつまでも微笑んでいた。



=end=

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桜色番外編にも、この2人のエピソードがあったりします。そちらもよろしくです^^*

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