宝物
□水泡の姫君
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幸福が空へと還るとき
世界は何よりも輝くのです
人はそれを日の出と呼びます
哀惜が海へと還るとき
世界は優しく煌めくでしょう
人はそれを夜と呼びます
今は唯、鎮魂に耳を澄ますだけ
【やさしい世界】
「それでも、だって…」
ドロロの話を大人しく聞いていたケロロ。
どう足掻いても納得は出来ないらしかった。
しかし泣きそうに伏せられた瞳は、恋する乙女のように潤んでいた。
「「好き」って、言われないと、いつまでもわかんないであります…。伝わらなきゃ、何も変わらないであります」
気恥ずかしさをごまかすように拗ねた演技をしながら言う。
純粋な幼さが愛おしかった。
「…、そうだね」
想いを告げた日のことを覚えている。
ドロロが「好きだよ」と意を決して告白すると、ケロロは驚いたように目を見開いて、照れたように赤くなって、嬉しそうに笑ったのだ。
幸福な記憶。
人気者のケロロと、陰ながらに慕う者の多いドロロが恋人になったと知って、一体何人の男女が泣いたことだろう。
「そーいや、最近、あんまり言わなくなったでありますな?」
「何を?」
「「好き」って。前まで鬱陶しいくらいに言ってたのに〜」
「だ、だって、ケロロちゃんが「あんまり言うな」って言うから…」
「あれ?そーだっけ?」
赤くなっているドロロに悪戯な目で上目遣い。
「言いたいでありますか?」
「ええっ!?」
「我輩は聞きたいな?」
「えええっ!?」
少し動かせば唇が触れ合えるくらい近くにあるケロロの顔。
大きな黒い目に、長い睫毛、紅潮した頬に楽しそうな笑みが張り付いている。
「好きだ、よ?」
茶化して言わせただけなのに、こんなにも真剣に答えてくれる。
その真面目さに呆れと愛しさを覚えた。
「…………、なに?」
「……べ、別に」
「あー、「自分は言ったのに、なんでケロロちゃんは言ってくれないんだろう?」、とか思ってるんでありますか?」
ドロロの内心を読む。
ギクリという音が聞こえてしまうくらいドロロは慌てた。
クスクスと笑うとケロロは真っ直ぐにドロロを見る。
「好きだよ。当然でありましょう?」
花が綻ぶように笑うから、無意識の内に唇が触れて、細い体を抱きしめていた。
深まる口付け。
不意に唇が離れれば、赤い顔で苦々しい表情をするケロロと目が合った。
「だからって、いきなりキスしてもいいなんて言ってないであります!」
「面目無い…」
「…………、…馬鹿」
窘めると、予想外に落ち込んだドロロに小さく罪悪感が湧く。
もう一度小さく「馬鹿」と呟いて、今度はケロロの方から口付けた。
最初は触れるだけで、一瞬だけ深くなる。
酔うように甘い。
狂うほど切ない。
「ドロ、ロ」
「何?」
「………なんでもない」
鼓動が聞こえる。
どんどん速くなる。
側に居たい。
ずっと、ずっと。
それでも不安になる。
揺らぐ気持ち。
永遠はどうやれば約束される?
今は想いを伝えられれば幸せだけれど。
「ずっと一緒にいれたらいいな〜、って思ったんでありますよ」
ドロロの鼓動に耳を傾けるようにして、胸に寄り掛かる。
高い体温と速い心音に苦笑を漏らした。
青い目がケロロを見ていた。
優しさや愛おしさの乗った視線は心地好さと寂しさをくれる。
この気持ちを失いたくない。
「ケロロちゃん、あの…」
「んー?」
「僕はずっと君の側に居るから…」
「そうだと、いいでありますな」
気休めのような言葉だけれど、真摯な気持ちは痛いほど伝わる。
それでも、素直に答えることはケロロには出来なかった。
照れ隠しに近いそれ。
ドロロは笑った。
「僕が側に居ても良い?」
「なーにを、いまさら」
「君の口から確認したくて」
「なんかドロロ、黒いー。タママ二等の影響受けてンじゃないでありますか?」
くだらない話だったけれども、幾分恥ずかしかったので、目を合わせないようにしながら言った。
その態度が子供っぽく映ったのか、ドロロの口から苦笑が漏れる。
「我輩は、ドロロに居てほしいよ。ドロロさえ居れば、他は何も要らない」
だから何も彼を奪わないで。
どうか誰も彼を傷付けないで。
二人の間に入ってこないで。
理不尽さで殺さないで。
愛してる。
誰よりも愛してる。
だからお願い。
「命令そのいち、我輩の側を離れないこと。そのに、死んだら絶対にダメでありますよ?死んだドロロは愛せないし、愛してくれない…」
「大丈夫。死なないから」
「絶対でありますよ?」
再び唇が触れ合う。
人肌を欲するように深くなる。
離れたくないし、忘れたくない。
このままずっと、二人で居たい。
だからどうか優しい人魚姫様、私達の愛を奪わないで。
泡になって消えてしまって。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
許さなくても、祝福してくれなくてもいいから。
どうかこの人を盗らないで。
両手の平を重ね合わせて、押し倒される。
シーツの海にパサリ、と音を起てて緑の髪が広がった。
「………、いい?」
「聞くな!馬鹿!もう、すっごくめんどくさい!」
先程はキスしただけで怒ったから聞いたのに、と苦笑。
照れているとは分かっているのでその先は言わない。
時折ケロロは本人すら気付いていないような不安をみせる。
その不安を拭う術は分からない。
自分が持つ彼女への想いは、彼女を完璧には救えない。
救えなくとも、伝えなければ伝わらない。
人魚姫にはなりたくない。
「好きだよ」
だからずっと一緒に居よう。
例え誰にも祝福されなくても。
誰かの不幸を生贄にしても。
君のためなら何処までも残酷に、狡猾になってみせよう。
溺れてゆく。
恋しさで目が眩む前に床に置かれた絵本を見て、一度だけケロロは微笑んだ。
―――ごめんなさい、人魚姫
王子様は私が貰い受けた!―――
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