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□勇者様は
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「帰りてー」
「そんなこと言わずに、まだ始まりの森ですよ」
「働きたくねー」
「…うるさいな、もう」


選ばれし勇者、ハル。その使命は魔王を倒し、この世界に平和をもたらすこと。歩けばさらりと肩に付かない程の金髪がなびき、微笑む姿には黄色い声。剣を振るう姿には男が憧れ、子供は勇者になる事を夢見ている。
そんな容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群その他諸々を兼ね揃えた神に選ばれし彼。…ただ一つの欠点は恐ろし程のクズだった。


「うわー今の傷付いたー。今日はもう帰る」
「お給料貰えませんよ」
「金貸して?」
「返してから言ってください」
「あー帰りてー」


言葉を被せてかき消すな…。俺の方が帰りたい。
彼のお供。アシスタント役のミミ。勇者様に不自由なく暮らしてもらい、そして魔王の所までの道案内役として村長から側に遣わされている。…しかしこの様子だとまた今月も俺の給料は雀の涙になりそう。


「勇者様〜、今からクエストですか?」
「ああ、森に出る魔物を倒してくる」
「きゃー!ありがとうございますっ」


…そしてもう一つ、この通り分厚い猫被り。通りすがりの村人に声をかけられれば、はにかんで握手までするのだ。


「わわ、スライムが」
「うわー、金落ちてる!」
「ちょ、倒して下さいよ。もうっ」


何とか体当たりして倒すも、どろどろになったコートにげんなりとする。…俺はただの一般人なんだから、必殺技もなければ装備もない。出来る事は体当たりとアイテムを使うくらいだ。


「だっさ、ぷふ!」


そんな姿を笑われ、そして光り物がお金じゃなかったと分かり元気を無くす彼。
遅過ぎる足取りで何とか森の奥へと進み、出てくる魔物達を嫌々倒していく。


「ハルさん、あれが討伐対象のドラゴンです」
「うわー、めっちゃドラゴン」


とても頭脳明晰とは思えない感想にツッコミたくなるも、木の陰に隠れて戦いを見守る。


「火ー吹くとか聞いてないんですけどー!」


…それくらい対処して下さい。と思いつつ、火傷を治すアイテムをハルさんに使う。


「かっけー!俺も火ー使いてー、うわ!ほら出来た!見てみろよっ!」
「ええ…、ってストップ!ドラゴンどころか森が消し炭になります!」
「…ち、つまんねー」


いや、何で使おうと思っただけで、そんな簡単に手から炎出しちゃうんですか…。勇者って凄いな。


「よーし帰るぞー、クエスト報酬全部俺の物だからな」
「…いいですけど、借金早く返して下さいね」
「あー今日は飲むぞー!」


だから声をかき消すな…。はぁ、と小さな溜め息をつきながら、行きより早い足取りで宿へと戻っていく。
集会場に向かい、クエスト報酬を貰えば礼儀正しく挨拶をする彼。…ついでに受け付けの女の子を口説いている。

そんな勇者をほっておいて、明日行けそうなクエストを掲示板から探してみる。…二日も魔物討伐なんか行ってくれないだろうから…これかな。価値の高い貝殻採取。
このクエスト報酬で新しい武器を買ってもらって、それから強い魔物を倒してもらおう。

クエストだけ先に予約をして帰ろうとすれば、フードをハルさんに引っ張られる。


「一緒に行くぞ」


受け付けの女の子だけでなく、クエスト帰りの人達とわいわいがやが食事が始まる。…もはや宴会のよう。


「勇者様!今日は俺の奢りですからドンドン呑んで下さい!」
「いや、それは悪い」
「この酒や魚は、今日勇者様が魔物を討伐してくれたから運べたんですよ!ほら食べて食べて」
「それなら、遠慮なく頂こう」


…その堅物?クールなキャラはなんなんですか。演技が下手な子供か。
でもこの魚は美味しい…と隅の方でもぐもぐと食べ進める。
程なくして食事会も終わり、お開きになっていく。
皆も勇者様に別れを告げ、機嫌良く去って行った。
何となく俺がここに呼ばれた意味を理解し、ハルさんに近寄る。


「ミミ〜、おんぶ」
「体格差考えて下さい」
「もう動きたくねー…腹いっぱい」


置いて帰りたいが、集会場の方々に迷惑をかける訳にも行かず、彼を支えて宿へと戻る。


「明日は1日寝るぞー!」
「早く寝て下さい」


酔っ払いを寝かせ顔まで雑に毛布をかければ、自分はお風呂に入り寝支度を済ませる。
隅の方で毛布に丸まれば、いつもの様床の上で眠ったのだった。
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