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□早瀬君が羨ましい
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「おっまたせー。真鶴(まなづる)で〜す!」
『マーナちゃ〜ん!』
「はーい!皆さん準備はいいですかー?今日もいっぱいいーっぱい楽しんでいって下さいね?」
『おーー!』


野太い歓声を浴びながら口角だけをあげて手を振る。目元は衣装にあった水色の可愛らしい仮面のおかげで見えてない。
ステップを踏めばふわりと揺れるフリルの付いたシャツの裾。最前列の客に下を覗かれても、中には短パンを履いてるから無駄である。…その前に見ても仕方ないだろうけど。

手を振れば振り返され、歌の合間には掛け声も返してくれる。暗がりに揺れるサイリウムの光も星のようで綺麗だ。

有り難い事に俺の人気はそこそこあり、アニメの主題歌を歌ってからは店舗からのオファーも多く、メディア露出も増えてきてる。

俺の容姿や頭脳、運動神経は平均、それ以下ながら歌の才能だけには恵まれたみたい。
事務所からの戦略でこんなひらひらな格好させられてるけど、割と嫌ではなかった。
………なんてはずもなく、嫌って言うか恥ずかしいし、初お披露目はTシャツに短パンで仮面着けてただったのに。いつの間にかワンピースっぽいのが増えたし、どんどん露出度上がって来てる。
社長とマネージャーが男の娘路線にするとかしないとか恐ろしい話してたし…。
何か人気でちゃって辞め時が分からなくなり、日々悶々と過ごしているのであった。


ーーーー


「春の…うらーらーの…」
「もっと腹から声出しなさい」


歌う事は大好きながら、人前だと上がってしまい上手く歌えない。
スカウトされた時は河原で一人で歌っている時だった。流石音楽事務所なだけあって、レコーディング時に歌えない俺に目隠しを渡してくれた。おかげで歌う事が出来て、そこから仮面を着ける事が決まったのだ。


「綺麗な声してるのに」


席に戻る際にそう聞こえ、ふと振り返れば早瀬君からだ。
しかし住む世界が違う彼から話しかけられるはずもなく、気のせいかと席につく。

彼が歌う順番がくれば、騒ついていたクラスも静まり返り彼の方へと目をやる。
勿論、見た目通り真面目に歌う訳でもないけど、適当に歌う姿さえさまになっており女子からは歓声やひそひそ話、黄色い声が響く。

その見た目と言うのは制服のシャツのボタンはいくつも開いたまま、校則違反であるピアスや薄い髪色。しかしそれを咎められてても屈しない狼の様な風格と言うか態度。


「今度早瀬君達のコンサート行くんだぁ〜」
「いいなぁ、私チケット買えなくて…」


そんな隣の女子達の雑談を聞きながら、凄いなぁと思いつつ羨ましくもあった。何でも趣味で仲間とバンドを組んでるだとか。

…多分俺の方が人気あるけど、素のまま友達とだなんて羨ましい。あれだけ格好良くて歌も上手かったら人気になるのも納得である。
このまま趣味で終わるのか、俺みたいにデビューするのかは知らないけど、自分とは違う男らしい、でも高校生っぽい歌声に耳を傾けたのだった。


音楽が今日最後の授業であり、教室に戻れば掃除当番以外はさっさと部活やら遊びにへと去っていく。
何となく掃除当番のメンバーが少ない気はしたけど、自分も早く帰りたかったので手を動かしていく。

最後にゴミ捨てを頼まれ、袋を片手にゴミ置場へと足を向けた。

ーBlackparkaー…ふと一冊の雑誌。開かれたページには早瀬君が載っていた。
袋をゴミ置場に置けば雑誌を拾い近くのベンチに腰掛ける。

名前の通り、黒いパーカーを来た三人組。ボーカル兼ギターの早瀬君、ベースの御崎(みさき)、ドラムの比良(ひら)。
御崎って人は隣のクラスで、早瀬君とは対照的な黒髪の綺麗系。比良先輩は三年生だ。いかにも良いお兄さんっぽい風貌ながら喋れば関西の訛りが凄い。
”イケメンアイドル!”とでかでかと書かれてるだけあり、歌よりも彼らのプロフィールや関係性についてが詳しく書かれているし、モデルの様な写真もいくつも掲載されていた。

メジャーデビューも秒読みらしい。そう書かれてるページを閉じれば、雑誌を取り上げられ驚いて顔を上げた。


「応援してくれんの?」
「いや、あの…まぁ、うん。聞いてみたいなって」
「ふーん…あっそ」


気のない返事と共にナチュラルに雑誌を持ったまま彼は、呼びかけられた女の子方へと向かって行ってしまった。
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