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「新ー、もう一回!」
「…何回言わせるの」
「だって夢みたいなんだもん」


もん、じゃない。イケメンだから許されるけど。
はぁ…と小さく溜め息を付く。喉潰れなきゃいいな。


「太一様っ、今日のご飯は何がいいですか?」
「あーもう可愛いっ!」


抱き着かれて頬擦りされ…思い描いていたイメージと違う。むしろ真逆だ。…俺も何やってんだろ。

バレたって言い方も変だけど、彼の仕事に支障を与えるのだけは絶対に嫌だった。運と顔ばかり目立つ彼だけど、努力してるのだって一緒に生活してきたから嫌ってほど知ってる。
だから離れようと思ったのだ。偶に会う友達ぐらいなら俺としても嬉しい関係だけど、そう言う感情を持っての同棲となると、何と言うか…いかがわしい。変な想像してる訳じゃないし、されるとも思ってないけど。
前みたいに、彼が俺を求めて来ても困るのだ。…仮に、仮に俺が彼を好きだとして、それ以上の発展なんか出来る訳ない。
それなら早目に離れるのが得策じゃないか。

…そう頭では分かってたんだけど、いざ話してみて…この世の終わりのような表情を浮かべ、挙句に泣き喚かれたら折れる他ない。現実と言うのはどんな演技よりも迫力があった。

もう彼も大人なんだから、ほっといても生きていけるだろうけど…前みたいに戻られたりすると離れる意味も無くなってしまう。

慰めても立ち直らない彼に、…メイド服であいべちゃんをやると言う注文を突き付けられ、やけくそになりながらやってあげれば一言で元気になった。…何か凄くもやもやする。

でも、俺だって少しは寂しく思っていたから、提案しておきながら彼が頷かなかったのを密かに喜んでしまったのだ。…その罪悪感でもなければ、メイド服で声を作るだなんて、ここまで自暴自棄な行動に出ていない。俺が可愛くないのは百も承知だ。


「じゃーオムライス作って?」
「…メイド喫茶か」
「いいじゃん、ご主人様の言う事?」
「オムライス食べ終わるまでだからな」


台所に向かっても後をついてきて、「名前呼んで?」とか「好きな食べ物は?」とかとにかく俺の口からあの声を聞きたいらしい。時折ちらりと振り返ればでれでれの満面の笑みだ。

にやにやとしてくる頭の中の天使と悪魔を振り払いながらさっさとオムライスを作り、彼の前に置いた。


「ケチャップは?」
「置いてあるだろ?」
「ハートマーク描いて?」
「何で…。畏まりました。太一様っ」
「あーっ、もう死んでもいいっ!」
「机をバンバンしない」


机を叩いて悶える彼を軽く叱りながら、ご希望通りにケチャップでハートを描いてあげた。
オムライスを彼の元に戻すも、今度は口を開けて待機する姿に、一口掬って食べさせる。


「ふふ、幸せ〜…」
「良かったな」


若干呆れながら眺めるも、幸せそうな彼の姿に俺も満足していた。


ーーー


「俺があいべでガッカリしなかった?」
「何でガッカリするの?俺最初からこんな人があいべちゃんだったらいいなって思ってたよ」


そう言えば、そんな事を再会して直ぐに言われてたなぁと思い出す。


「それに、新が好きなのにあいべちゃんも好きだったから、割と本気でどうしようか悩んでたんだ」
「……ん?」


俺が好きなのにあいべちゃんが好きって、あいべちゃんが好きだから俺に好意があったんじゃないのか?それに何を悩んでたんだこの子は。

…やっぱりこの前のは墓穴だったのかな。
もうこうなったらいつからバレてたなんて聞くのも野暮か。…今の言葉で満足だ。


「昔のままの自分だったらさ、適当に俳優やって、美人と結婚して、このまま楽ーに生きていくんだって思い描いてたんだ。顔が良いだけで楽してきたし」
「そんな感じだったな」
「俺の事覚えてるの?」
「そりゃ、あれだけ顔が良かったらな。俺らクラスメイトだったんだぞ?」
「え、嘘、新ズルい!俺全然新の事覚えてないっ」
「…酷いな」


やっぱりか。でも再会した時、声かけてくれたのは田中の方からだったし、顔だけ何となくで覚えててくれたんだろうな。
でもズルくはないだろ、と思わず笑ってしまいながら、彼の言葉に耳を傾ける。


「でもあいべちゃんに出会って沢山元気もらって、仕事も舐めてたなって分かった。俺の演技で誰かを楽しませる何て、考えた事なかったもん」
「それでも様になってたけどな。今の演技の方が好きだけど」
「え、見たの?」
「た、偶々な」


あいべちゃんに会う前はともかく、根暗役も面白かったけどな。…本当は偶々じゃなく一人の時に殆どの作品を見たのだ。…な、流し見だけど。
彼のきょとん顔から視線を背ける。でも直ぐに表情は柔らかくなった。


「それから新に出会って、生きていくのも舐めてたんだなって気付いたんだ。金持ちと結婚とかの話もあったけど、断っててホントに良かった」
「…今が楽しいのか?」
「うん、役作りに悩むのも、晩ご飯何かなって楽しみで帰るのも。あいべちゃんのラジオ聞くのも、新と一緒にアニメ見るのも、全部楽しい」


そっか…俺と出会って悪い事ばっかりでもなかったんなら良かった。


「でもあいべちゃんにハマった後、新に会ってなかったらちょっとヤバかったかも」
「百点満点のオタクだったもんな」
「あ、新はオタクとかに付き纏われてない?熱烈なファンとかっ」
「俺があいべだって知ってるのは、仕事関係を除けば田中だけだよ」
「……何かそれって凄くいかがわしいね」
「何でだよ」


赤面するな、と笑いながら彼の頭をくしゃりと撫でる。
しかしその手を掴まれれば、彼が真剣な表情で此方を見てきた。


「だから、改めて言うけど、俺は新が好きだよ。これからも傍にいてほしい」


…俺もぶっ倒れられるなら、そうしたい。偶に変だけど、この子の感情表現はいつだって真っ直ぐだ。こんな事言い始めたのは俺が離れるだとか言って不安にさせたせいかもしれないけど。

ここまでしてくれてるのに、逃げるだなんて事、頭の中の天使と悪魔もその道を塞いでくる。
だからって彼の様にしっかり目を見て…だなんて出来ない。なので視線を伏せた。


「…俺も、こんなに人から必要とされた事なかったんだよ。こんなに素直なファンも、見た事なかったし」


そりゃ、全ファンに会った訳じゃないからあれだけど、ファンの中でも、勿論他でも俺の事を気持ち悪がる人は多い。やり過ぎだとかぶりっ子とか、実際自分でも痛々しいと思ってるからその手の評価で落ち込まないけど。
それでもやっぱり、こんなに好きでいてくれるのは…嬉しくない訳ない。


「通帳渡してくるし、包丁も使えない。買い物も計画的に出来ない変な奴だなって思ってた」
「ご、ごめん」
「でも俺も……好きだよ。そうでなかったらこんな生活してない」
「新…っ」


精一杯気持ちを伝えれば、感極まる様子で抱き着いてきて、その勢いで押し倒されるも今日はその背に手を回した……のだが。


「…なぁ、どのタイミングで鼻血出るの。前にキスまでしたのに」
「こう、触られると不味い。触る分には大丈夫なんだけど…」
「……太一らしいな」
「え?い、今なんて?」
「な、何でも無いからさっさと起きて。服もシミになるから」


何て言うか、予想出来ない刺激に弱いんだろうな。だから今まで寄りかかったりしたらいい顔しなかったのか。

もう一回もう一回とせがんでくる彼の背を叩いて起き上がらせる。
血の付いた服を二人とも脱げば彼にティッシュを先に渡す。


「服脱いだりは平気なんだな」
「前に目に焼き付けたから」


ああ、お風呂一緒に入ったからか。それにしたって目に焼き付けなくても、何の変哲もない体だぞ。
頭の中の天使が”よく理解しててあげなさい”と告げる中、悪魔の方が”悪戯ついでに試してやれ”と。
…まぁ、理解しておく為にも、試す意味はあるかも。
互いにシャツを用意する前にその胸に軽く触れ、ティッシュで鼻を抑えてる彼の顔を覗き込む。


「…太一?」
「ぶふっ」
「…ホントだ、ごめん」


声作ってないのに鼻血所かぶっ倒れてしまい、流石に申し訳なくて慌てて看病したのだった。


互いに服も着て、ソファーで寝る彼に保冷剤を当てながらその寝顔に声をかける。


「落ち着いたらまた一緒に風呂入るか」
「も、もう許ひて…。でも入る…」
「起きてるんだが寝てるんだが」


本当に、彼と居ると楽しいなって、俺も改めて感じたのだった。


end

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