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…田中が勘ぐってきてる。
やっぱりあの相談は不味かった…誤魔化せたと思ったけど、あれは気付かない方が難しい。お陰で収録の方は順調なんだけど。

何て言い出そう、がっかりする所見たくないなぁ。


「新見て!帰りにスーパー寄ったら卵安かったよっ」
「ありがとう、晩ご飯卵料理にする?」
「うん、天津飯食べたい」
「了ー解」


…あれ、俺の気のせいかも。


ーーー


「結婚して欲しいんだ」
「その気持ちだけで、もう充分…」
「誰にも文句なんか言わせない。ここから遠くて、広い家にでも引っ越そう?」
「ご…ご主人様…」


瞳に涙を浮かべての抱擁。しかし彼の背に腕を回しても、俺が抱き返してもらえる事はなかった。


「田中?あー…大丈夫?」
「平気平気、何か楽しくなっちゃって。新演技上手いね」
「あ…ありがとう」


…あの中田に褒められる喜びよりも、鼻血ぼたぼたな田中の方が心配になってしまう。
最近本当に多い。ちょっと意地悪であいべちゃんを、とかも気兼ねしてしまう程、ほぼ毎日の様に出血している。本人は元気だからと病院には行ってないんだけど。

さっきの読み合わせと、今のでちょっと不安になって問いかける。


「田中は今の生活に不満は無い?」
「どうして?大満足だよ?」
「それならいいけど…、結構稼いでるから大きな家に引っ越したいとか、それこそ誰かと結婚したいとか。家政婦雇うのも有りだと思うよ?」
「俺は新と結婚したい」
「げほっ、は…はいはい、ありがとう」


びっくりするから真顔で冗談言わないでよ、もう。なんて思いながら吹いてしまったお茶を拭いていく。…台本にかからなくて本当に良かった。


「新は不満?…俺何も出来てないし、結構我が儘だと思うし…」
「不満が無いって言ったら嘘になるけど、それより楽しいから俺も大満足かな」


お使い頼んだらお菓子いっぱい買ってきたり、洗濯機も包丁使いも何回教えてもたどたどしいけど、意欲があるだけ可愛いものだ。


「家が大きくなるとこんな事も減りそうだもんな」


台本をパラパラと捲りながら彼に寄りかかっていれば、手に雫が落ちてくる。
何かと思って顔を上げれば…田中も台本も大惨事だ。


「うあっ、ちょ、ちょっと俯いてて。すぐに氷持ってくるから」
「いつもごめん…」


とりあえず氷で冷し、治まった所で彼を寝かせて膝枕をした。


「前から気になってたんだけど、…興奮で鼻血出てるのか?」
「う、うん…そうです」
「あいべちゃんの事でも考えてた?」


読み合わせしてたから、相手の女優さんの事とか?そう言えば、あいべちゃん意外に好きな女優さんとか声優さんを聞いてない。
何か緊張してる頭を適当に撫でながら聞いてみようと口を開けば、先に田中が口を開いた。


「新の事考えてた」
「俺?」


彼が頷き、互いに言葉を発さず妙な沈黙。
「俺の事を考えて鼻血だなんて、何でだよ」と笑えないから返す言葉がない。冷や汗ばかり流れる。

俺の事を考えて鼻血が出てしまう理由なんて一つしかないからだ。…ショックとか残念がってなかったなら救いだけど。
…え、いつからだ?いつからバレてた?勘ぐりだしたのは最近だけど、鼻血は最初から出してたし…俺を好きだとか言い出した時?…そんなに早くからバレてたのか?

だから同棲もあっさり受けた、と…凄いな。流石中田、何かの拍子で気づいたのかもしれない。
…でも、それならあんなにあいべのサインで喜ばないよな?

役作りの相談の時も漫画のセリフを、偶然じゃなくて故意にやってくれた…となると、やっぱりあの時早く帰ってきてて…。ここか、その上相談したからなぁ…本当にやってしまった。

ああ、だからさっきも結婚したいとか言い出した訳か。そんなにあいべちゃんを好きでいてくれてたんだな…。それなのに俺ってば油断し過ぎだ…ごめん。


「新」
「な、何?」


待って、待ってくれ。何て伝えようか今考えてるから。
別に田中だから隠してたとかではないんだけど、特別伝えておく内容でもなかった。むしろファンだから言い辛いぐらいだ。…でもこれって結局隠し事になるんだよな。

静かに焦る俺を他所に、起き上がった彼は距離を詰めてくる。気付けばソファーの端へと追いやられてしまった。


「新」


…っ、我慢、我慢。今あいべちゃんで卒倒させるのは、田中の体にも不味い。
さっきは背に腕を回されなかったのに、演技では無く抱き着いてくる彼に変に緊張してしまう。

謝るべきか?それともあいべちゃんっぽく何か軽く伝えてみるべき?頭の中の天使と悪魔も、バタバタと駆け回るだけで意見をくれない。


「今度メイドさんの服着ない?」
「は…?」
「新なら絶対似合うから、お願い!俺も新の言う事聞くからっ」
「え…、いいけど…」
「ホント?やった!」


え、ちょっと待て、良くない。拍子抜けして頷いてしまっただけで、俺別に女装趣味でもない。そして何故俺の女装が見たい。これもあいべちゃん効果なのか?

「今の無し」と言おうにも見るからに喜んではしゃいでしまい、言うに言えない雰囲気に。


「新好きー」
「うわ、んんっ」


興奮冷めやらぬと言った様子で、勢いなのかキスまでされれば流石に目を見開く。しかし目の前は絶景の美形なので慌てて目を閉じた。


「ん、田中待っ…んん」
「新、ん…」


息苦しくさと唇を舐められた驚きに口を開けば口内に押し入る彼の舌に、掴んでいた彼のシャツから手を離せばギブアップだと背中を叩く。
しかし気にせず深いキスが続けられ…俺の方も頭はくらくらしてくるし、もう限界だ。
一度離された隙を逃さず、彼の頭を引き寄せ耳元に唇を寄せた。


「た、太一の馬鹿、えっちっ、変態!」
「やっぱりあいべちゃんっ!」
「ええっ、何で?」


いつもはぶっ倒れるのに、そして今”やっぱり”って言わなかった?もしかして墓穴掘った?
ぎゅっと抱き締められ、顔面にキスの雨。また唇も重ねられ、もう本当に腰が砕けそうになる。…くそ、元リア充め。


「…っ、…ごめん」
「うぐ…っ」


非リア充には耐えられず、前の様に肩首に手刀を落としてしまった。…ごめん、本当にごめん。流石に何度も堕ちさせるのは鼻血以上に駄目だと分かってる。多分これで最後にするから、…多分。

…鼻血が出ない分こっちに回ったのかと、一度見せつけられたそれの盛り上がりを見なかった事にしつつ彼に毛布をかける。

そして屈んで彼の耳元に唇を寄せ、声を作った。


「これは夢、これは夢だよー。起きたら忘れようねー」
「ふふ、新ー…」


…ああ、もう駄目か。完璧にバレてる。

”嬉しい癖に”と頭の中で囁く天使を悪魔が追いかけ回す。いいぞ、もっとやれ。
しかしその悪魔にも”このままじゃ駄目だぞ”と釘を刺されてしまった。

…そんな物、答えは決まってる。

鳴り止まない鼓動に、ただぼーっと彼のあどけない寝姿を眺め続けたのだった。



end

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