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「はぁ…」
「最近溜め息多いね。悩み事?」
「あ、ごめん。ちょっと役の事で…」


いつもは凭れかかられる側だけど、今日は俺の方が彼に寄りかかる。
…上手く役作りが出来てない。出来てないって言うより、監督が描くイメージと、俺が思ってるイメージが違うからOKが出ない。


「田中は役に入り込む時、何かしてる?」
「台詞以外でその役が何て喋ったりどんな表情浮かべるか、分かるまで台本とか原作読み込むとか?」
「そっか…そうだよね」
「後は形から入るとちょっと違った発見もあるよ?衣装着ると身も締まるし。それからその役が嫌いな物は食べないでいると、自然な演技出来るようになるよ」


何か、ちょっとだけ頼もしく見えてしまった。毎日当たり前の様に一緒に過ごしてるけど、この子凄い役者だもんな。
凭れかかったまま、彼が読んでる雑誌を一緒に眺める。
あんまりじっくり見た事なかったけど、ページを捲る彼の指はとても綺麗だ。


「のめり込み過ぎると好きだった食べ物を嫌いだと思い込んで、暫く食べるの忘れちゃうけどね」
「この前茄子で大喜びしてたのはそのせい?」
「うん」


ただのお漬物に大喜びしてたから、変だなぁとは思ってたのだ。
しかし俺の知らない所で、普段から田中がそんな事してただなんて…。


「だ…だからその逆もあって…新のプリン食べてごめんなさい」
「いいよ。何か今のでちょっとどうにか出来そうだから、ありがとう。やってみるよ」
「うん…。後ごめん…っ、もう限界!」


こんな体制でも田中の話を真面目に聞いていたのに、勢い良く立ち上がった彼は自室へと篭ってしまった。

投げ出された俺と雑誌。

…気のせいかな。田中からのプレゼントが嬉しくてあのシャツよく着てるんだけど、田中が喜ばないし反応が可笑しい。
頭の中の天使は”あの田中からのプレゼントなんだから、照れ隠しだ”とは言ってくれるが、悪魔の方が”似合わないから困ってるんだろ”と。…でもやっぱり何であれ田中からのプレゼントだからつい着てしまう。

床に寝そべったまま、俺と一緒に残された雑誌をパラパラと読み進めたのだった。


ーーー


今日はお休み、そして明日が収録。
どうにか今日の内に監督が描いてるイメージを掴みたい。

とりあえずあのキャラが好きなマシュマロを食べながら、再放送されている田中が出演してるドラマを見ていた。


「ふぁ〜…おはよー…」
「おはよう…寝癖酷いな」
「今日オフになったから、このままでいいや」
「ご飯食べる?」
「んー…もうちょっとしてから、マシュマロちょーだい?」
「あー」
「ん、おいし」


まだ眠そうにしながらも隣に腰掛け、俺に凭れかかってくる田中。
時々開いた口にマシュマロを放り込みながら、彼のドラマを見続ける。

彼女の秘密を知り、問い詰める男の姿。
そのシーンは何となく今悩んでる漫画のシーンとタブった。


「なぁ田中」
「なーに?」
「これ、俺にやってくれない?」
「え、……え?」
「やっぱり嫌か…」


流石にオフなのに演技するのは嫌か…それに相手は俺だもんな。得が無い。


「嫌って訳じゃないけど、新男だし…じょ、女装してくれるならしてもいいよ?…なんて」
「わかった」
「やっぱり嫌だよね。……え?」
「ちょっと服買ってくるよ。彼女と似た感じならやり易いか?」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着くから待って」


女装したいかと聞かれたら嫌に決まってるけど、役作りの為だし、あの田中に演技してもらうのだから、例え遊びでもその価値は大いにある。…でも暫くからかわれるか笑われそう。
だけど役だって女装男子だから丁度いい。彼が言ったように服を着てみれば何か見えてくるかもしれない。

マシュマロをもぐもぐしながら百面相してる彼に、もういい?と声をかける。


「……せ、セーラー服…着てくれる?」
「何でそんな小声なの。いいよ?でもどこで売ってるかな」


震える声で訴えてきた彼に二つ返事を返せば、慌てた様子で自室に行ってしまった。
不思議に思いながらも彼の気が変わらない内にと携帯で検索していれば、戻ってきた彼の手には…セーラー服が。


「…え」
「ち、違うっ。役作り!」
「あ、あぁ…なるほど。貸してくれるの?」


こくこくと頷く彼にお礼を伝えれば、有り難く受け取る。…田中も大変なんだな。
ご丁寧にニーソックスまでついており、毛とかも気にしなくて済みそう。
一応部屋に行ってから着替え、そのスカートの短さにそわそわとしてしまう。…パンツ見えそう。

でも漫画の彼もこんな服だったなぁ…結構常日頃からどきどきしてたのかも。

姿見は玄関前にしかないので、見るのも田中だし特に気にしないままリビングへと戻った。


「どう?相手出来そう?」
「ひっ、う、あ…わぁ…」
「そんなに引かなくても…」


変な奇声をあげて物理的に逃げていく彼に苦笑いが出てしまう。
…まぁ、”女装して可愛い”なんて漫画の世界だけだよな。…田中もこれ着たのかな。
本当に、着てみると結構気付く点がある。


「さっきみたいなの、少しだけでいいからーー」
「無理むりムリっ!」
「田中…」


…そんなに拒否されると流石に傷つくぞ。
でも仕方ないか、変なトラウマにとかならないといいけど。
相手してもらえないなら、ずっと着てるのも変態みたいだ。
また部屋に帰ろと思えば、田中に呼び止められてしまった。


「写真!撮っていい?」
「…駄目」
「ええっ、一枚だけ!誰にも見せないからっ」
「相手してくれるなら何枚でも撮っていいけど、ちょっとな…」
「や、やるから…っ、頑張るから」
「泣くなよ…」
「泣いてないもん」


ただ笑い者になるのが嫌で言ってみただけなのに…でも相手してくれるなら、もう引き下がらないよ。俺だってふざけてこんな格好してないんだから。

手を取って起き上がらせ、俺は壁に背をつく。
彼も大きく息を吸い、そして吐き出せば締まりのある表情に変わった。


「お前、俺に隠し事してるだろ」


う、うわ…結構怖いなこれ…。田中だって分かってるのに、別人みたいな迫力。


「お前が男だって、もう知ってるんだよ」
「な、何を…証拠は…?」
「確かめていいのか?」


身を寄せられ耳にかかる彼の息に肩を竦めてしまう。…あれ、このシーンって本当に漫画の…さっきのドラマと違う。

今は余計な事考えちゃ駄目だ。折角田中が相手してくれてるのに勿体無い。
俺は今あのキャラなんだ。彼の手が胸に触れ、膝もスカートが捲れる程上へと近付けられる。

このくらいは我慢…我慢…。
そう思うも耳にはキスされ変わらず息もかかる。
胸を触れていた手は腰にと下り、裾から中へと入り込みそう。

バ、バレる…っ、それ以前に色々と不味い。


「やっ、ああ…っ、もうホントに駄目…!」
「え…?」
「あ…」


し、しまった…声を作ってしまった…。
慌てて口元に手を抑えるも、彼から不審そうな視線が送られる。
…やってしまった。彼の演技が上手過ぎてこんな短時間でものめり込んでしまったのだ。


「い、いやありがとう!何か上手く行きそうだよ。本当にありがとう」
「待って、新」


部屋に逃げようと思ったのに、彼に肩を掴まれ止められてしまう。
先程とは違い、今度は俺自身が責められるみたいだ。
彼の真剣な瞳には、俺が映っている。

こ、この前も危うかったのに、今回は…駄目かも…。
どきどきと、また違う意味で鼓動が早まってしまう。

きっと”あいべちゃんなのか?”って聞かれる。そしたら何て答える?素直に認めてしまう?それとも誤魔化す?
どっちにしろ彼からどう思われるか…そんな不安ばかりがぐるぐると回る。もしかしたらあいべちゃんのファンですらなくなってしまうかもしれない。

彼が口を開きかければ冷や汗も流れ、生唾をごくりと飲み込んだ。


「写真撮ってない」
「………え?」
「約束でしょ?いっぱい撮らせて!」
「あ…うん」


……ああ、彼はそういう子だったと、頭の中の悪魔と天使が仲良く崩れ落ちた。

切り替わったようでいつもの柔らかな彼に戻り、うきうきと携帯を操作する姿に肩の力も抜ける。
…凄く勉強になったけど、今回限りかな。俺ももっとしっかりしないと、ファンである田中をガッカリさせてしまう。

パシャリパシャリと撮られながらも、彼にはとても感謝したのだった。


ーーー


「…ねぇ、何枚撮るの?」
「もうちょっと、ちょっとこっちにお尻向けて?」
「……」
「次は座って?」
「田中、ちょっと来て?」
「何?」


何が楽しいのかでれでれしてる彼を手招く。
近くまでくれば手を引き、彼の耳元に唇を寄せた。


「太一のえっち」
「ぶふっ」
「…これ便利だな」


一か八かと思って甘く声を作って囁けば、うつ伏せ寝に倒れた彼。…さっきこれやれば良かったな。
そのまま彼の携帯を取れば画像を消していく。…これ殆どパンツ見えてるじゃん。
百を超える写真に選択していくだけでも疲れながら、ちらりと眠る彼を見る。
…殺人現場みたいになってるけど、何か幸せそう。

携帯を彼の手に戻せば、服が汚れないように手早く着替えて彼の元にも戻る。
仰向けに変えて鼻を冷し、彼の顔と床を綺麗にすれば癖のついてる髪を撫でた。

彼にタオルケットをかければ台所へと向かう。


彼の手元の携帯には、一枚だけ写真が残されていたのだった。


end

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