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□間違い探し
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「英語の授業嫌だなー…」
「俺宿題忘れてきたわ」


登校早々、時間割に目をやれば愚痴ってしまった。
お気楽に笑う友達を見つつ、自分もやるにはやったけど、やってないのと同じ位問題が解けなかった事を思い出し更に憂鬱になっていく。


「授業潰れればいいのに…」


ただの学生のボヤきが、まさか現実になるだなんて…思う訳なかった。


「おはようございます。今日は授業の前に転校生を紹介します」


男か女か、どんな子なのかって騒ぐ生徒。それも仕方なく思う先生は転校生を教室に招き入れる。
俺としては五分でも十分でも、嫌な授業が減るのはありがたい。


「うわ、イケメン…」


友達の嘆く声を聞き、欠伸を噛み殺しながら教卓横に立つ男に視線を向けた。


「あれ、確か…吉木」
「知り合い?」
「ああ、小学校時一緒だった…はず」


面影があるだけで別人かもしれない。…ん?何か…あまり会いたくなかった様な…。


「りりちゃん!」


転校生が自己紹介もそこそこに声を張り上げれば静まる教室。ぱちりと視線が合えば、その呼び方に嫌な記憶がもくもくと蘇ってきた!
慌てて教科書で顔を隠しながら身をうつ伏せる。…が、そんなもの時既に遅かったみたい。


「知り合いなら丁度良かった。席も隣になりますから、休憩時間に校内の案内お願いします」


ノーと言える日本人なら良かったんだけど、反射的に愛想笑いしてしまい、先生はそれをイエスと受け取ってしまったようだ。


「久し振りだね、りりちゃん」
「両倉な」
「りりちゃん、何で男の制服着てるの?」


隣の席に着く早々爆弾が投下され、吉木からの純粋な視線の他にいくつもの鋭い視線が突き刺さる。


「よ、吉木は相変わらず冗談が下手だなぁ」


彼の肩を軽く叩きながら誤魔化せば、教室内も笑って和んでくれた。…さすがイケメン、顔がいいってのは得である。俺が転校生早々今みたいな発言したら、あだ名は絶対トリッキー君だ。


「相変わらず手、小さいね」
「…ほっとけ」


肩を叩いた手を取られ、互いの手を合わせるなんて気色悪い事をしてくる吉木の手を払う。
因みに俺の手が小さいんじゃない。吉木の手の発育がいいだけだ。


「教科書見せてくれる?」
「…マジかよ」


笑顔で机を寄せられ、思わず本音が出てしまった。…今日一日中これか。
反対側隣の友達に目線を送るが、親指を立てられてしまった。周りからは仲良しにみえてるのか…そうだよな。普通そう見えるよな…。


「りりちゃん、可愛くなったね?」
「…吉木は変わってないな」


英語の時間より嫌な物があるだなんて…。違う意味で授業は潰れたが、素直に喜べなかった。


ーーー


「どこから来たの?」
「アメリカだよ。その前はこの辺りに住んでたんだ」
「じゃー英語得意なの?」
「全然、日常会話ぐらいかな」
「じゃーじゃー、何の食べ物が好き?」


休憩時間になれば俺の席が追いやられる程、女子に囲まれる吉木。


「転校生質問攻めにあってるけど、いいのか?」
「…やっぱ助けるべき?」
「いや、俺的に女子にちやほやされてる絵図が憎いだけ」


正直過ぎる友達に笑ってしまいながら、どうすべきか判断し兼ねていた。
校内を見て回るのはお昼休みでいいだろ。それに吉木だって友達欲しいだろうし、そのきっかけを邪魔するのもなぁ…。


「吉木君は何か困ってる事ある?」
「あ、教えて欲しい事があるんだ」
「なーに?」
「どうしてりりちゃーー」
「よーしーき!ちょっと校舎案内するなー?」


自分の名前って、どうして遠くでも小声でも聞こえてくるんだろうか。
慌てて彼の手を掴めば廊下に連れ出し、人気の無い隅の階段まで引っ張っていく。


「学校でりりちゃんって呼ぶな」
「何で?」
「俺は両倉陸也。りりちゃんじゃない」
「名字と名前、一文字ずつ取るとりりちゃんだよ?」
「……次から返事しないからな」


きょとん顔の相手に膨大な溜め息をついてしまった。


「後な…俺は男だ」
「まだそんな事言ってるの…大変なんだね…」
「ああ、吉木のせいで大変だよ」


露骨に嫌な顔で嫌味を零すも、彼には何も通じない。
ぼんやりだった封印していた嫌な記憶も、彼から以外呼ばれない名前。りりちゃんと言う呪文で鍵を開けられ鮮明に思い出されていく。


「どうやったら信じてくれるんだよ…」
「俺の前では無理しなくていいから」
「無理してでも認めさせたいんだよ!」


彼の手を取り胸に手を当てるも、…頬を赤く染められてしまう。


「ここ学校だよ…それに自分の事は大事にしないとダメだよ」
「あーもう!今日家来い!頼むから来てくれっ」
「そこまで覚悟を…。分かった、行くよ」


赤らんだまま手を握られ、ぞっとしながらも逆に掴み返して教室へと戻る。

…関わりたくないが、このままほっとく方が俺のこれからの学生生活に支障が出てしまう。


「おかえりー、思い出話に花でも咲いた?」
「干からびる思い出話を聞かせてやろうか?」
「逆に聞きたいな、それ」


チャイムが鳴り響くも、先生が休みらしく自習になってしまった。
教室内は転校生と仲良くなろー企画が開催され始める。俺達は隅の方で傍観者になりながら、出会った頃からを話し始めたのだった。
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