ブック

□2
1ページ/1ページ



「何か忘れてないか?」
「え、と…」


ご飯は満足してもらえたはず。お風呂だって二十四時間入れるようにもしてある。
この前見せた成績表も好調。家庭科の成績も随分上がっていた。
掃除も抜かりなく、洗濯だってトラちゃんお気に入りの柔軟剤を忘れずに使った。朝もノーパンメイド服で起こした。
今日に至ってはデザートに甘くないコーヒーチョコケーキを、一口分ずつみなさんに配ったのだ。…結構チョコを貰ってる方もいたのに、お代わりを求める人が多くてジャンケン大会まで始まってしまったのだ。
負けてしまった人にも明日作る事を約束して、穏便に済ませたはず。
…やばい、今回のクイズは超難問だ。


「もしかして、長にとって特別な日…とかでしたか?」
「まぁ、そうとも取れる」


掠ったっ、掠ったぞ!この難問クイズにっ。
…しかし何の日だ?トラちゃんの誕生日はまだ先だって聞いてるし、結婚してないから奥さんや子供の誕生日、結婚記念日でもない。
組織絡みなら小林さんが教えてくれるはず。それもなかった。
…だとすると、もしかして…。


「俺、長だけへのチョコがあるんですけど…」
「遅いじゃないか。焦らしてたのか?」
「い、いえ滅相もないっ」


よっしゃ当たった!でもどうしようっ。そんなものは無いっ。
い、勢いだけで言ってしまった…でも嘘だったなんて知られればぐるぐるに縛られて逆さに釣られてしまう。
材料も全て使い切ってる。だから皆さんにも明日でって手を打ってもらったんだ。

あ、何とかなるかもしれない!


「今お持ちします」


そう言って静かに一度退室すれば、駆け足でキッチンへと向かう。
十分…いや、五分以内で何とかしないといけない。
冷蔵庫を開ければ後で食べようと思っていた自分の分のケーキ。だけど同じものはトラちゃんも食べている。
…これを特別に見せるにはどうすればいいか…せめて見た目だけでも変えたい。

はっと思いつけば、明日使うバナナやイチゴを取り出す。
一口大のケーキを、これまた小さく切ればアルミカップに乗せ、その上にフルーツを飾る。ナッツも乗せたりして何とか三つの小さな小さなチョコが出来上がった。

一か八か、もうもたもたしてる時間もない。
崩さないように戻れば、静かにトラちゃんの部屋に入った。


「洒落てんな、こう言うのも出来るのか」
「た…、練習しましたので」


偶々といいかけてしまったが、じゃーそんな行き当たりバッタリな物をトラちゃんの口に入れたのかとバイクで引きずり回されそうだ。しかし練習したのも事実である。
この男だらけの屋敷にチョコの甘い匂いを充満させるのも気が引け、料理部に頭を下げて調理室の隅を借りたのだ。
練習で出来上がった物は料理部と、友達とか通りすがりとか…全部持って行かれてしまった。


「でもよ、これが”特別”か?」


………もう無理です。しかしパスは使えません。正解か死しか選択肢がありません。
瞳も宙を泳ぎ、思考も一生懸命働かすも、答えなんて出てこない。

…もう一度整理するんだ。今日はバレンタイン、俺はメイド服でノーパン。トラちゃんは特別なチョコを欲しがっている。…あれ、今ヒントなかった?

多分チョコの見た目が変わってる事で、チョコ自身の”特別”はクリアされたはず。
それなら問題は…。


「長…失礼します」
「ん、悪くねーな」


せ…正解した?正解出来た?


「次はもっと頼むぜ?」


ガッテム!また掠っただけかっ。
あーんじゃ駄目だったかぁっ、もっとってどうしたらいいんだ!

残るチョコは後二つ。あーんより凄いこと…い、いやでもこれで不正確だったら殺される…。でも無回答でも八つ裂きだ…。

意を決すれば、チョコの端を口に咥えた。


「は…はひ…」
「ん、まぁ合格か」


震える唇を近付け、トラちゃんが食べた瞬間身を引いた。…トラちゃんに舌打ちされてしまい、漏らすかと思った。

よ、よし…残すチョコはあと一つ。


「ほら、食え」
「え、あ、はいっ」


トラちゃんが残りのチョコを摘み、俺へと差し出した。
犬がおやつでも貰う様に勢い良く飛び付けば、チョコを頬張った瞬間…と、トラちゃんの顔がドアップに…っ。

申し訳程度にセットしている髪も乱され、ドロリと解けたチョコをトラちゃんが奪っていく。
腰に回されていた手は下へと降り、男でも柔らかいそこを撫で回し始めた。


「こんな格好してんのに、キスもさせないつもりだったのか?」


…何を言っているのか理解不能だったが、この人が変人だった事は痛いほど思い出せた。いや、痛いなって思ってたら尻をペチペチ叩かれていた。

ようやく解放されるも、唇を舐めて上機嫌なトラちゃんとは対照的に、腰砕けてへたり込み尻を抑えている俺。

…”特別”なチョコは渡した。もうトラちゃんが何か言い出す前に理由を付けて帰ろう。
そう思ってのろのろと動いていれば、トラちゃんに顎を掴まれて上を向かされた。


「お代わり、貰えるか?」


…トラちゃんがお代わりと言ったらお代わりなんだ。そこにチョコがなくても、錬成術でもなんでもしてお代わりを作らなければならないのだ。


「ご…ご注文は?」
「濃いやつ」


ああ…また超難問クイズを、身を削ってクリアしないと…。


今年は生まれてきた中で一番記憶に残る…体にも残るバレンタインでした。


end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ