ぶっく

□あいべちゃんマジ天使
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「あれ、えっと、…佐藤?」
「いや、間部です」
「あぁ、そうそう!珍しい名字だから覚えてたんだよ。久振りだな〜」


肩を叩かれ振り返ってみれば…それは世間一般的には覚えてなかったって事になるんじゃ…。そう思うだけで言えず、見覚えのある姿に首を傾げた。


「……田中?」
「おおっ、覚えてくれてたのか!ありがとな」


そうだ、田中だ。田中太一。どこにでもいそうな名前なのに、どこにもいなさそうな驚きのイケメンだったから、高校時代に有名だったのだ。
そして、そんな容姿なら直ぐに思い出せるはずなのだが、ピンとこなかったのは…。


「…随分、変わったな」
「間部は全然変わってないな。まだ高校生に見えるぞ」


…褒め言葉だろうか。貶されているのだろうか。に、っと歯を見せて笑う彼に、俺の頭の中の天使が首を項垂れさせた。

俺の事は兎も角、田中の見た目が…酷いことになっている。
高校の頃はさらさらな茶髪で毛先も遊ばせていたはず。私服がどんなのかは知らないが、制服も体操着だって着こなしていたのだ。何と言うか、総称して煌びやかなオーラがあったのだ。


「そう言えば、何でこんな所に?」
「へへ、今日はこれの発売日だったんだよ!」


…出された物に、ドン引きしてしまった。


ーーー


ドン引き…と言っても、頭の中の天使が俺に当たり障り無く返事をしろと告げたのだ。

見た目は変わっても、あの頃と変わらぬ気さくな彼に、あれよあれよと個室の居酒屋へと連れて来られてしまった。


「間部って確かこう言うの、好きだったよな?」
「まぁ、人並み程度には…ゲームとか好きだったし」
「おっ、ならあいべちゃんって知ってるか?」
「…この子の声優さん、だったっけ?」
「そうなんだよ!かわいい声だよなー」


テーブルの隅に広げられていたパッケージの一人を指差す。
…旧友のようにトントン話を進めているが、高校生の頃に田中と話した事は、多分事務的な物を除けばなかった。
確かに、彼がこの見た目で高校生だったら、俺は友達になっていたかもしれない。
体型はそこまで変わっていないっぽいが、お世辞にも綺麗とは言えない…ボサボサな黒髪。服だって俺並みにダサい。昔の彼ならシャンと着こなせたはずの服が、ダサい。何と言うか…漂うオタクオーラがすごい事になっている。

俺もアニメやゲームは好きだった。だから、今のこの見た目で引いたりはしない。むしろあの頃にこうやって話しかけてくれていたら、親友になっていたかもしれない。
…でも彼はそんなタイプではなかったはず。こう、生きる世界が違っていたはずだ。


「田中って、そう言うの好きだったっけ?」
「いんや、大学卒業してからだったかな?ハマり始めたのは」


…だよな、うん。記憶は間違っていなかった。
それで、彼はモデルか、アナウンサー志望…だったっけ?何とか選手か?ともあれ見た目を生かした仕事を目指していると噂で聞いたことがあった。
シラフでは聞き辛いので、運ばれてきた酒を飲んで彼に尋ねる。


「えっと、じゃーそう言う関連の仕事に?」
「就こうとしたんだけどなー…俳優クビになりかけてる」
「そ…そうなんだ」
「間部はー?」
「…役者、志望?」
「何で疑問形」
「あんまり売れてないから」
「似た者同士だな〜」


何でも、仕事を始めてからちょっとしたきっかけでゲームにハマり、そこからアニメや声優と次々オタクへの沼へ嵌っていったらしい。
それから他の事をしている時間が惜しくなり、築いてきた交友関係そっちのけで早朝から特典付きのゲームを買いに走るように。手に入れてからもぼっちプレイだって。

友よりゲームだ。美容よりアニメだ。ファッションよりイベントだ!
…そして出来上がってしまったのが今の状態らしい。そりゃあクビにもなりかけるだろう。いや、ある意味イケメンより価値ありそうだけど。…オタク役や根暗役として。

彼も酒を飲みながら、気分良さそうに紙袋から…破廉恥なパッケージの商品を取り出した。


「間部はこのシリーズやってる?」
「…そっち系はあんまり」
「マジかー、エロゲーもいいぞ?あいべちゃんマジ天使」
「あれ、でもあいべ…ちゃんってそっち系出てたっけ?」
「エロ系で言うBLばっかだな。最近買おうかどうか本気で悩んでる」


「でも暫くはこれで!特定CDもあってさー」と嬉しそうにゲームを紙袋になおす彼。…そうか、あのCDか…。
普通ならオタクでも引いてしまいそうな発言に、引くに引けずにいた。
その特典CDと言うのは”るるんちゃんの朝からみるくづけ♡”と言う、もう一般人なら目も当てれないタイトルだ。…俺はもう慣れたけど。

結構酔いも回ってるらしく、彼は機嫌良く話を続けた。


「はぁー…あいべちゃんに会いたいな〜。間部はさ、あいべちゃん男だと思う?女だと思う?」
「男だと…思うけど」
「やっぱり?でもあの声なら俺抱ける気がするっ」
「ぶふ…っ」


噴き出した俺をけらけらと笑いながら備え付けのティシュを渡す彼。


「どっちにしろ絶対可愛いと思う。何で顔出ししないんだろ」
「さ、さぁ…イメージ壊したくないとか?」
「俺なら全部愛す自信あるんだけどなぁ。生であの声聞いてみたい!」


…今聞いてますけど、なんて到底言えない。
気づかれないのも仕方ない。仕事の時は声を作っているから。…それでも地声も高めなんだけど。

昔から演じる事は好きだった。なんか、俺じゃない俺になれる気がして、演じてる間はその役になれる感覚が好きだったのだ。
本当は役者志望だったんだけど、声の仕事で運良く当たって、それからずっと声優を勤めている。

そして、その当たった役が…男の娘。それからと言うもの、ショタ役やBLCDの右側役。あまつさえ彼が手にしているエロゲーの女の子役にまで。…上がっているのか、落ちているのか。
エロゲーに出演する際に名前は変えたはずだが、そんなもの今やネットでなんでも調べられる時代。変えても無駄だったのだ。
…元からゲームの作りも良く、お陰様で売り上げは好調なんだけど、何と無く複雑ではあった。

…で、彼のように俺…あいべは可愛いと思われており、そんな状態でこの地味な容姿がメディアに出るのが心底嫌だった。そもそも声の仕事だけで精一杯である。
他の方のように誰かと対談とか、ステージに立つなんて無理だ。…あいべの可愛いイメージが強すぎるのだ。
幸い事務所も理解してくれ、…俺の性別すら、プロフィールを殆ど晒さず謎のままになっている。むしろそれを売りにされている。


「あー…久々にいっぱい喋ったわー。同業者にこういう話出来る奴いなくてな?つい嬉しくなっちまった。あ、間部の連絡先教えてくれよ」
「いいよ、そう言えば家この辺なの?」
「おう、歩いて五分くらいかなー」
「もしかして近所だったりしてな」


早く帰りたい反面、俺も酒が回り少し気持ちが浮ついていた。
連絡先を交換すれば店を出て、大荷物な彼の紙袋を少しだけ持つ。


「いやー、悪いな」
「いいって、俺の家もこっちだし」


エロゲー…ではなく、普通のゲームについて語りながら歩く事五分。
俺の住んでるアパートへとたどり着いた。


「俺んちここだから、じゃーまたな?」
「え、俺もここに住んでるだけど」
「え?あははっ、すげー偶然だな!何号室?」


番号を伝えれば「俺の一階下か」と彼は陽気に笑っていた。
紙袋を両手に携え、ふらふらな後ろ姿を少し気にしながら彼を見送る。

…余計なお世話だろうけど、大丈夫かと…色んな意味で心配になってしまった。
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