ぶっく

□3
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「ただいま」


「おかえりー」


「何で水瀬が…寄るな」


露骨に嫌そうな顔をしようが水瀬はにやにやとしたまま、さり気なく尻を触ってくる手を叩きながら部屋へと急ぐ

…今のまま着替えるとろくな事にならないよな、俺に戻ったら帰るか。メイク落としは…

そう思い鞄を置いて整えられた髪を手で乱し、メイク落としに手を伸ばす

でもそんな俺を止めることもしない水瀬
何となく静かだと思って振り返れば…


「これって…うわっ、かっわいー」


こいつ…何勝手に鞄漁って…!

その手には今日撮影された写真と、ひらひらとした男が着るには可笑しな水着


「え、じゃーこれはルノアちゃんの…」


「うわああぁっ!?やめろっ、やめろ馬鹿!」


お、俺が着た水着を…しかも最悪な部分を思いっきり嗅ぎやがった…っ

慌てて奪おうと手を伸ばすも、ひらりと避けられ手を届かない所まで上げてしまう


「あー…最高。えっろい匂いするー、琉これちょーだい?」


「駄目に決まってるだろ!」


「一週間…一ヶ月えっちしないから、ね?お願いおねがい!」


「元から水瀬とふしだらな事をする関係じゃない」


「くれなきゃ今すぐこれ着せて犯すよ?」


その言葉に必死に掴もうと伸ばしていた手も固まってしまう
水瀬の目は怖いくらい本気だ。嫌われてるのだから構わないと顔にも書いてある

水着ぐらい…いや、一度着たから嫌なんだ
でも撮影に使った水着を貰ったところで、俺が次に着る日なんてこない
くそ、だからって水瀬だけには渡したくない…っ


「…勝手にしろ。あげるからもう帰え…ああぁっ、くそ!頼むから見えないところでやれっ」


また匂いを嗅ぎ始める水瀬を変態、変態!と罵りながら窓を開けて部屋から追い出す
家族にも聞こえてただろうが仕方ない。こんな水着と写真を持ってる水瀬を玄関から帰す訳にもいかないからな


「ありがとー、大事に使うから」


俺が怒ろうがいつもよりご機嫌にへらへらしながら、写真にキスをして手を振る水瀬
ぴしゃりと窓を閉めれば鍵も締め、カーテンも閉める

…何か今日はもう最悪
念入りにメイクを落とせば大きな溜め息を吐いたのだった


ーーー


それは遡るほど5時間前

今日は撮影だとは聞かされていたけど…楽屋にある衣装に頭を抱える
一週間前くらい前からか、上機嫌な親をもう少し変だと察する事が出来ていれば…


「水着は絶対着ないって言ったのに…」


多分考慮されたであろう、ビキニだけどタンクトップのような…随分パットの厚いひらひらとしたチューブトップ
下も同じくひらひらとフリルがあしらわれており、このまま着ても男だとはバレなさそうな作り
その上に水泳様の短パンもつけられている

…だからって、素直に着れる訳がない

しかも今回はチラシではなく学生が読みそうな雑誌からのオファーだって、親が言っていたのだ
だから喜んでるとばかり思ってたのに…


「ーでさ、それがまた美味しくてー」


こ、この声って…

早く楽屋入りしたものの、ビキニと向き合い一人悶々と頭を抱えていれば、微かに聞こえてきたのは同じモデルの女の子の声
そんなに名前も売れてないので勿論楽屋は一緒である

あーもう!帰りたいっ

そう思いながらも逃げ帰る勇気もなく、物陰に隠れて急いで着替えていく
脱いだ服も全部鞄に詰め込んだところで扉が開かれた


「おはようございます」


「おはよー、ルノアちゃんの水着見せて見せてー?」


引き攣ってしまう笑みを浮かべながら軽く回ってみたりしてみる


「かわいー!私こっち着させてもらおっかなー」


「ア、アキちゃんの水着の方が可愛いですよ…?」


「そうかなー?アキはルノアちゃんの水着の方が好きだけど…」


「それぞれのイメージで選んで貰ってるんだから文句言わないの。それにその水着はアキしか着こなせないよ?」


トモミさんの言葉に便乗してうんうんと頷く
…あんな普通のビキニ、俺が着れる訳がない


「そう言われると何か可愛く見えてきたかも、早速着替えよーっと!」


「私はちょっとお手洗いに行ってきますね…」


そう言ってこっそりと楽屋を抜け出す

はぁ…短パンって言っても生足だし、あの子達みたいな足じゃないのに。変に思われないかな
これだから露出の多い服は嫌なのに…どんなに顔はメイクで作れたって俺は男だっての


「おはよう、相変わらず早いんだな」


「あ、おはようございます。先輩も早いんですね」


いいな…出来る事なら俺もこっちの水着が着たかった。でもこんなに綺麗な筋肉ついてないし、どうやったらつくんだ?

なんてまじまじと見つめてしまっていれば咳払いが聞こえてきた
顔を上げてみれば先輩の顔が少し赤く染まっている


「よく…似合ってるな」


「ありがとうございます。先輩もよく似合ってますよ」


こう言う社交辞令はもう間に受けず流している。…まぁ俺のは本音だけど

あまり見つめるのも悪いかと思い、先に二人でスタジオへ向かう
ポーズの指導を受ければ、短パンもきちりとは履かず中のビキニを見えるようにする
ぎこちない姿を撮られていく俺とは違い、先輩の顔はシーンによって真面目だったり穏やかだったり…流石、もうカメラマンも喜んでシャッターをきっていく

そんな姿を尊敬しつつ、ふと目があったので軽く会釈すれば…目を逸らされてしまった

あれ、何か悪いことしたかな俺…やっぱりこの格好が気持ち悪いとか


「あれーちょっと疲れた?表情固くなっちゃってるけど、休憩挟む?」


「いえ、すみません。大丈夫なのでやらせてください」


「そう?なら次はルノアちゃんと一緒にポーズ撮ってね?」


…やっぱりか、なんて思いながら快く返事をしてカメラの前に立つ

俺と先輩が話す仲なのは、ペア組されているからだ
元気な人は元気な人同士といった感じでペア組されている。男女で撮影する時にはほぼ決まっているのだ

いつもの撮影は女の子が先に、男が後

でも今日の撮影の順番も俺と先輩、次にアキちゃん達になっていて、その順番は偶にあるから薄々勘付いてはいたけど…。多分そろそろ次の二人も来る頃

チラシの時はあまり触れ合う事もないから、今日もそんな感じだと嬉しいけど


「はーいじゃーまず手を繋いで、そうそう!次はルノアちゃんの肩抱いてあげて?」


指示された通りに手を握り、肩を組まれやすように先輩の方へと寄りかかる
だけど肩に手が回されず、見上げて見れば汗まで流している先輩

…そんなに嫌だったのか。女装してる俺に寄り添われて喜ぶのって…あいつくらいしかいないもんな

悪いとは思いつつ先輩の手を取れば肩に回してもらい、表情を作る


「あらいいわねその顔!もう後ろからぎゅーってしてみて?」


ええ…あーあ…本当に先輩に申し訳ない…


「すみません…加減とか気にしなくて大丈夫なので、やってもらえますか?」


「あ…ああ」


小声でそう伝えれば前を向いて一応身構える
何やら深呼吸のような音が背後から聞こえ、後ろから腕を回された


「そうそう、もっとぎゅっとして顔も寄せちゃってー」


こっちとしては男同士なのだから、相手は先輩だし気持ち悪さもなく特に気にはならなかった
だけど先輩はそうじゃなかったようで…回された腕は徐々に強まり痛いほどに
呼吸が聞こえる程の近さでは、勿論心音も伝わってきて…先輩は随分緊張してるみたいで、力を弱めてほしいとは言えなかった


「はーいお疲れ様ー、次はアキちゃん来てー!」


「はーい!よろしくお願いします!」


元気なアキちゃん達に交代すれば、用意してもらっていたお茶を飲んでいく
先輩にもお茶を…と思って探して見れば、隅の方で顔を抑えてしゃがみ込んでいた
調子でも悪いのかとお茶を片手に側に駆け寄り、屈んでお茶を差し出した


「あの、大丈夫ですか?」


「…っ」


顔を上げた先輩と一瞬目が合い何か言いたげに口が開かれるも、視線が下の方へといき真っ赤に染め上がる先輩の頬や耳
その視線を辿れば丁度チューブトップに当たるが、別に女のように谷間があるわけでもない

…俺の向こうのアキでも見てるのか?
別に先輩も男だし、アキちゃんかトモミさんを見て赤面しても不思議じゃないけど

とりあえずお茶を受け取ってもらおうと、今度はしゃがみ込んでもう一度声をかけてみた


「あの…」


「…戻ろう。着替えたら途中まで送るから」


「あ、ありがとう…ございます」


先輩が着ていたパーカーをかけられ、よく分からず羽織らせてもらいながら楽屋に戻る

今日はもう帰るだけなので、男物の服に着替えれば楽屋の外に

スタッフに話しかけられていた先輩の元に近付いた


「ルノアちゃんもお疲れ様ー、今日の衣装は差し上げるので良ければまた着てくださいね。後今日の写真もってカメラマンが」


一人で撮った物の他に、先輩と映っている物も
ふと裏を見てみれば”初々しいカップルみたいで可愛かったわ、また撮らせてね?”と可愛らしい文字で書かれていた
苦笑いになってしまいながらお礼を伝え、二人は頭を下げてスタジオを後にした


「さっきのパーカー、お返ししますね。ありがとうございます」


「…ルノアは今日の水着で出掛ける予定はあるのか?」


「泳ぐのが苦手なので、今の所は…」


泳ぐのは好きな方だが、生憎泳ぎに行く友人はいない。勿論女格好で泳ぎに行く予定はない
無難な答えを返しながら、二人で電車に乗り込む


「…行くにしても、もう少し露出の少ない方が…いいと思う」


「そうですね…私もあれぐらいが限界です」


…あの姿が、例え小さくとも雑誌に載るなんて消えてしまいたい
次こんな事をされたら絶対辞めよう。バレて困るのは誰でもなく俺なんだから


「いや、言いたい事は別で…、っ…何と言えばいいか」


…どうしたんだろ、今日は本当に様子がおかしい
また顔に手を当てる先輩を、心配になり見上げる


「何かしてしまいましたか…?」


「…っ、何でもない。とにかくあの水着はもう着ない方がいい」


いつもなら合う視線も交わらず、やはり少し下を見ている先輩
一応頷いておき頭を下げた。…そんなに似合ってなかったのか

最寄り駅に到着すれば二人で下り、改札を出れば立ち止まる


「お疲れ様でした」


早々とその場を去ろうとするも、腕を掴まれて引き止められてしまった


「この後、暇じゃないか?」


「すみません、帰ってやる事があるので…」


「…そうか、悪い。お疲れ様」


仕事なら仕方ないけど、この格好で極力うろつきたくはない
先輩には悪いけど再度頭を下げれば別れたのであった
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