ぶっく

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妹が俺の部屋でゲームをしていたのは、一日ではない
あの「あにまるプラトニック」は、例えば逆ハーエンドの後、ループスタートではなく時間は経過した状態、つまり一学期、二学期、三学期まで進んでいくことが出来る。もちろんまた一学期にも引き返せるが

なので何度もドキドキな春の入学式を迎えることもなく、また一年中狙った彼のイベントを見れると言うもの

仮に一周目(一学期)に辰美の告白を受けたとしても、二週目(二学期)では恋人設定か恋人設定ではなく適度に仲のいい状態でのスタートかも選ぶ事も出来る

好感度引継ぎ系とでも言うのかな
フィギュアや特典も付かないのに普通のゲーム二本買えそうな程の値段の高さなだけあり、ルート数は沢山あるようだ


…そして多分、俺の苦労も虚しく彼女が迎えたのはベターな逆ハーエンド。季節的にも一学期

一学期の終わりを迎えても、急に意識が途絶えたり目の前が真っ暗になったりとかはなかった。それはそれでちょっと不安だっただけにホッと出来たが…この生活が三学期まで続くのかと思うと恐ろしくて仕方ない

いっそのことルートには無かったモブの俺が彼女を口説くとか…って、駄目か。あんなイケメン集団に言い寄られて落ちないんだから、俺が落とせる通りがない
…しかもそんな所をあの三人…主に二人に見つかったら何をされるか…考えたくもない


「ねぇ…今僕らに言えないこと、考えてるでしょ」


いや、まぁ…当たりですけど、卯美先輩に逆らうのが一番怖いから、密室に二人っきりと言う状況から目を離したくて考え込んでしまっても無理はないと思う

…こんな展開望んでない。違う、夢なんだ。あぁ夢じゃない、頬っぺたむにむにされ過ぎてお腹痛い

すかさず近付けられた顔に、ふいっと素早く背ける
後ろには下がり過ぎて背中は壁、しゃがみ込もうにももう座り込んでいる


「キスしよって言ってるのに…何で他のこと考えてるのかな…?」


…この人は一体何を言っているんだろう。ちっとも理解出来ない

青ざめる俺とは裏腹に、目を細めて唇をなぞってくる卯美先輩
ばくばくと嫌な意味で心音が早まっていく
思わず握り締めているスペアキーが食い込んで痛いが、手を開く事が出来ない程の緊張


「あ、の…確か何か約束などをされてませんか…?」


「んー…?」


「か…彼女と一緒に帰る約束とか」


「彼女と、ねぇ…」


あああぁ…もうホントに苦手だっ、このねっとりした返事の仕方はおっとりとかそんな可愛いものじゃない!画面越しで見てた時と全然違うぞ、詐欺レベルだ

な、流されないように…そしてキスされないように何とかしなくては…


「早く帰りたいなぁー…とか、思いません?」


「そうだね。帰って…もっといいこと、したいかも」


違う違う、そんな意味で聞いてるんじゃない!
耳に吹きかけられた吐息に握っていたスペアキーは飛んでいき、馬鹿みたいにビクついた俺に彼の笑みは深まるばかり

その落ちたスペアキーを彼が握れば、ゆらゆらと催眠術でもかけそうな感じで目の前で揺らしてくる


「諒はどうしてここに来てくれたの…?」


…言えないのを、多分分かって聞いてきている


彼女との下校の約束をした卯美先輩
門の所で彼女を待っていると、直し忘れられていたボールを見つけ、倉庫もすぐ近くだからと直しに行ったのだ
そこで体育の片付けをしていた先生が、中にいた先輩に気付かず鍵を締めてしまう
中からは鍵が開けられず閉じ込められてしまった先輩はずっと彼女の事を考えて…夕方たまたま気付いた生徒に開けてもらい、彼女元へ走ると言うイベント
こういったイベントではもうお決まりのように携帯の電源は切れてしまっている

その現場が直接描写されていた訳じゃなく、卯美先輩が出れた後でそう彼女に申し訳なさそうに謝っていたのだ

おっとりな彼でも流石に焦ったとか、待たせてないか心配で仕方なかったとか、彼女に心配されて嬉しかったとか。それで高感度が少し上がる、別にそこまでメインでもないイベント

”と、閉じ込められてたとか抜け過ぎっ。おっとりしてるから助けとか求めてなかったんだよ、きっと。逆にモブすげーよ!”

と、妹のツボに入ったみたいで、凄く笑ってたから覚えている

彼女とすれ違った時に卯美先輩を知らないかと聞かれ、ふと思い出したのだ
職員室にはスペアキーしかなく、一度倉庫を見に行ってみればドン、ドンと小さな音が不規則に鳴っていたから多分予想は的中。…あのドアの叩き方だと中で物が倒れたくらいにしか思わないぞ
早く出してあげたい気持ちはあるも、俺がイベントの邪魔をしてはいけない
でも妹が言ってたように、そのすげーモブが来ないと卯美先輩は倉庫で一夜を過ごしてしまうかもしれない。そしてそのすげーモブは俺だのかもしれない

そう思うと帰るに帰れなくなり、思わず持ってきていたスペアキーでそんなに遅くなる前に開けたのだ

…こんなディープな情報、一つも言える訳がない


「も、物音が聞こえたので誰かいるのかなぁ…って」


「ふーん…鍵が締まってるかの確認もなく、鍵まで用意して…凄いね…?それに”卯美先輩大丈夫ですかー?”って、本当に諒は優しい…いい子いい子してあげる」


…この年でいい子いい子されるなんて思ってなかった。ってそこではなく、卯美先輩の言葉一つ一つがグサリと胸に突き刺さってくる
卯美先輩の指摘通りだ。彼は”閉じ込められているから助けて!”なんて、一言も、かする言葉すら言ってない
それなのに俺ったら能天気に声をかけた挙げ句にあっさり鍵を開けてしまったのだ。…もう血の気引き過ぎてくらくらするしお腹痛い

…だって、開いたら彼女の元へ走ると思うじゃん。モブスルーされるはずじゃん

なのに卯美先輩は…


「そ、それより助け求めましょうよ!このままだと朝になりますよ」


「飲み物もあるし、食べ物の昼の残りあるから平気だよ…?」


誰もそんな心配してない。頭を撫でていた彼の手はそのまま肌を撫でながら降り…俺猫じゃないんだから喉元擽らないでください。ゴロゴロ鳴らせませんって

助けを求めようにもドアを叩こうとする手は握られるし、叫ぼうにも口を塞がれかけてしまう


倉庫の鍵を開けた瞬間俺を中に引き込んだ先輩は、寂しかったとか怖かったとかまるでうさ耳でも垂らすかの様に不安そうだったのだ
仕方なく落ち着くまで大人しく腕の中にいれば、差し込んでいた光はなくなり、鍵のかかる音
それに焦って腕から抜け出そうとするも…すごい腕力で、おまけに一度助けを求める為に叫んだら…思い出したくない
それからもう一回、もう一回とキスをしようとせがんで来る可笑しな状況へ

せっかくモブが開けた鍵を、今度は見回りに来ていた先生が締めてしまうと言う、本気で朝まで倉庫コース
…それなのに卯美先輩はちっとも不安そうじゃない。むしろご機嫌である


「…彼女のこと、好きなんですよね?もう少し焦ってくださいよ…」


もうこの際開き直りだ。意地悪な質問をしてくるのなら俺だってし返してやる
前にも聞いたけど、恋愛感情じゃないにしろ彼女の事は好きなはず。特に卯美先輩を贔屓してきたのだから、間違いない


「不安で、焦ったよ…彼女にも悪いなぁって、ちゃんと思ってるよ…?ただ、それ以上に諒に来てもらえて嬉しかったから…」


「…結局俺が来た意味なかったですけど」


そう捻くれた言葉を吐かないと、込み上げてくる恥ずかしさに俺自身が蒸発してしまう


「一人でいるのとは全然違うよ…?それに、諒はもっと特別」


あちこち撫でていた手はまた頭へと戻り、髪の毛をとくように撫で短い毛なのに耳へかけてくる


「諒を見てると思い出すんだ…。さっき来てくれた時も、諒を見た時にデジャヴしちゃって…僕ね、小さい頃にも助けてもらったんだ」


…あれ、そんな過去話あったか?
妹がゲームをプレイしてる隣で結構寝てたから、見逃してたのかもしれない。…そもそもこんな事になるとも思ってなかったから真剣に見てなかったからな…


「もう会えないんだけど、諒がその子に似てるから…」


「幼馴染とか、友達…ですか?」


おお、これはもしかして…俺への感情がラブじゃなくライクだと言うイベントなのか、そして正規の彼女ルートに戻るのか
昔好きだった子に似てるからちょっかいかけてしまうってやつなのか。それにしたってもう結構凄いことされてきたから、そんな事言われてもどうしようもないけどな


しかし次の彼の言葉に、固まってしまったのだった
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