ぶっく

□籠の中の鳥
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「……またか」


朝には付けておいた郵便受けの鍵が無い。…やっぱり100均の物じゃ駄目か。
気が滅入る中、一度息を吸ってポストを開く。もはやいつもの光景になってしまったのが嫌で仕方ないが、一通だけ入っている手紙に手を伸ばす。

”広美(ひろみ)ちゃんの悪影響にならないように、他の郵便物は捨てて起きました。最近は気温の変化が激しいので体調管理には気をつけてーー”

そこまで読んで、手紙をくしゃりと握ってしまう。
…俺はアンタのせいで体調不良だっての。

通り掛かる人に不審そうに見られながら、側に置いてあるゴミ箱を漁って自分宛の手紙を探す。
あったあった…ってお袋からじゃねーか。ホントに、お袋からの手紙を読まれた挙句に捨てられてる方が俺に悪影響だっての。

汚れた腕を払えばその手紙を持ち、代わりに郵便受けに入っていた手紙を捨てる。
その端には”今度遊びに行きますので、嫌なら家に上げないでーー”と綴られている一文が見え、ぞっとしてしまった。


ーー


「ひーろ、…って凄い顔色悪いぞ。…また例のアレか?」


肩を叩かれただけでふらついてしまう俺を心配したように顔が覗き込んでくるのは、同僚の純。会社で一番仲の良い友達だ。

純にだけは相談に乗ってもらい、全部を話している。


異変が起きたのは数ヶ月前からだった。ちょうど携帯を変えた時だったかな。
朝に出しておいたゴミが荒らされたり無くなったりしていたのだ。いつも出勤時に出すので直接は見ていないのだが、管理人さんがゴミを漁る不審者を何度か目撃したらしい。それで管理人さんが住人を集め注意を呼び掛ける際、持って行かれていた物で俺のゴミだったと分かったのだが…その場で”それ、俺のゴミです”と言い出せる空気ではなかった。荒らしていたのは男性だったからだ。

次は郵便物を荒らされてしまうようになってしまった。
鍵を掛けようがお構いなしだ。

その次は変な贈り物…これが本当に耐えられない。
最初はぬいぐるみや可愛い小物だったが、今や軽すぎるダンボール箱の中身は使用済みのティッシュが詰め込まれている。

あまりの気持ち悪さに昔の事まで思い出してしまい、この頃から俺は夜眠れなくなり不眠症になってしまった。

しかし、よくあるストーカー被害のような、後を付けられたりとかの被害はなかった。背中に視線を感じるといったものもなかったのだ。

薄気味悪いことばかり続く中、その原因が…。


「た、助けて下さい!」
「貴女は隣の…」
「お願いしますっ、今だけこうしてて下さい!」


会社帰り、マンションへと入ろうとする俺の腕に、怯えながらしがみ付いてきたのは隣人だ。

振り返れば帽子を深く被った男の姿が。
この時漸く何もかもを理解し、怯えている彼女には悪いが物凄く安心してしまった。

そのまま、自室の前まで一緒に歩けば彼女が重そうな口を開く。


「あれ…元彼で、別れてからずっと付きまとわれてて…」
「それってもしかして管理人さんが皆さんを集めた時辺りじゃありませんか?」
「そうですけど…」
「後、下の名前って…”ひろみ”だったりしませんか?」
「よ、よくご存知ですね」


どうやら思っていたことは合っていたようだ。

このお隣さんとは出勤時間も近く、毎朝よく挨拶をしている。
引っ越して来た時には、”同じ名字なんですね”と軽く笑い合ったのをきっかけに、世間話くらいはする仲だ。

それで、下の名前も偶然一緒と言う事は…。


「その元彼って貴女はの部屋番号はご存知なんですか?」
「いえ…いつも会うのは外だったので…。でも後をつけられてしまったみたいで…」
「あの、少しお話しがあるのでロビーに行きませんか?」
「ええ…今は一人でいたくないので…」


…多分、知らないまま家に帰った方が彼女の為なんだろうが…どれほど危険な人間なのかを知らせておく必要はある。

マンションのロビーで座る彼女に、自販機でホットコーヒーを買って差し出し隣へと腰掛ける。

…冷静に考えてみれば、男の俺が、男のストーカーの被害に合うなんておかしいじゃないか。

でも、おかしいって思える余裕がなかった。学生の頃に植え付けられたトラウマはまだ、少しも癒えてはいないようだ。

…あいつがここを知る訳がないのに。

自分は冷えたコーヒーを飲みながら、きっとこの人宛であった郵便物の話や郵便受けのこと、入っていた手紙の内容などを彼女の反応を見ながらゆっくりと話し、その後は二人で警察へと向かったのであった。
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