ぶっく

□貴方との時間
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「え、もしかして孝(こう)ちゃん?」


「う…ぁ…、花園(はなぞの)先生…っ」


「やっぱり孝ちゃんだっ!久し振りだね〜、元気にしてた?」


しまった、他人の振りをすれば良かった…そう後悔してももう遅い
何で、何でこんなところにいるんだよ…

珍しくセール品にあり付け、今夜は豪華に卵を二つ使って…とか、晩ご飯の献立を呑気に考えていたのに…先程驚いてしまったせいでその袋は手から落ちてしまった
中の卵は嫌な音を立ててコンクリートへと打ち付けられ、今の卵の形は俺の心のようだ

あの頃と変わらない、点数を付けるとすれば百点満点の笑顔を向けてくる花園先生
外灯の光がまるでスポットライトのようだ
その笑みに真っ暗闇の中で五点程の引きつった笑みを返し、落とした袋を掴む


……そして返事などは返さないまま、夜道を全力で走った



ーーー


「孝ちゃ〜ん!何で逃げるの?追い掛けっこしたいの?」


「はぁ…はあ…っ、そんな訳…っ!」


言葉の続きが言えないほど息が上がっているのに、ちらりと振り返り見た後ろの彼はジョギングでもしてるかのように涼し気だ

家が特定されるのが嫌で細い道ばかり走ってきたが振り切れそうにない…建物内に逃げ込もうにも店内で走り回れる度胸は持ち合わせてない

…仕方ない、こうなったら家に帰るしかない

そう思い速度を上げればポケットから鍵を取り出し、すぐに入れるように構える
見慣れたアパートの階段を躓きそうになりながら駆け上がり、古びたドアの鍵穴に鍵を差し込む
小刻みに揺らしながら押さないと奥へと進まない鍵にこれ程苛立った事はない
彼の姿が視界に入ったが鍵は開いた。素早く中へと入り込み、ドアを閉めれば鍵へと手を伸ばす

これで、これでとりあえずは…っ

震える手で立てに向いているつまみを横へと倒そうとしたのだが…


「へー…こんな所に住んでたんだ。昔と変わらず古風なのが好きなんだね?うわ、畳とか久々に見たー」


お邪魔しまーす、と髪型すら乱れてない彼が室内に強引に入っていく姿にその場にへたり込み頭を抱える
袋の中の辛うじて無事だった卵が全滅してしまった
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