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「鈴りんとデートっ、鈴りんとデートーっ」


「ただの家呑みだろ?」


「お家デートやの、ふふん」


「…わかったから、あんまり騒がないの」


恥ずかしいのもあるが、今は深夜だ
芸人は夜や夜中からの仕事が多く、今日の仕事が終わった頃には日付けが変わってしまっていた

明日は休みだから、と前々から今日は二人で飲み明かすと決めていたのだ
今日は仕事の愚痴を零すこともなく、終われば直ぐに手を引かれ近くのコンビニへ
酒とつまみ等を買う月弥は、こちらがつられてしまうぼど上機嫌である


「なぁなぁ鈴りん、俺おてて寒い」


「あー…ついでに手袋とか買えば良かったな。俺もだ」


「ほんならこうすればえぇやろ?」


ふふん、とその回答を待ってましたと言わんばかりに分かりやすく目を細める月弥
何かと思い首を傾げる俺の手を取れば指同士を絡め、ぎゅっと握られた
そして絡まる手は月弥のポケットの中へ


「これでもっと鈴りんとらぶらぶや」


デートっぽいとはしゃぐ月弥に止めろなんて言えず、暖かいのは確かだったので…その手を握り返しておいた

今日は車で行きたくない、と出掛ける時に言っていたのはこれがしたかったからかもしれない
現場が家から近く、車で行けば回り道をしないといけないので、徒歩で行くのとそう変わらない
だから徒歩で行きたがってたのかと思ってたんだが…

まぁ、人に見られない深夜だし…こんなスキンシップもたまになら悪くないな、と微笑みが絶えない月弥を横目に家路を急いだ



ーーー


夜も更け空になった缶が増えてきた頃


「はぁー…やっぱドラマの撮影は嫌やなぁ…俺お笑い芸人やのに、場違いやん」


「そんな事ないだろ、ちゃんも様になってたよ。監督にも褒められただろ?」


酒も回り始めお互い頬は赤らんでいる
だからだろう、シラフでは聞かない愚痴は愚痴でもネガティブな発言を零し始めた月弥

気にし過ぎだと流せばちらりと視線を向けられる


「…格好良かった?」


「格好良かったよ」


そう言ってやればふにゃりと表情を崩した


「へへ、……あーでも一人鏡に向かって練習すんの耐えられへん。おもろい顔ならいくらでも出来んのに」


真面目な顔ばっかのラブストーリーは嫌やー、と愚痴りながら酒缶を傾ければ一気に飲んでしまった

…どうやらいつも以上にしんどいようだ


「そんな事言うなんて珍しいな、練習付き合おうか?」


「…いいん?俺の真面目な顔見ても笑わん?」


「一通り見てきてるんだから、変な心配するな」


自分も酒缶を傾けながら月弥の頭をくしゃりと撫でてやった

礼を言いながら鞄を漁れば、俺に台本を差し出した


「ここからなんやけど、いける?」


どれどれ…っと
一緒に仕事をしてる人が告白してくるシーンか
脇役な月弥の演じるキャラにスポットが当たる、一番の見せ場である
…確かに、ドラマに出る事自体が好きじゃない月弥には重みかもな

何行かあるセリフ、振る舞いを覚えれば台本を片隅に置いた

本来は立ってやるべきだが、まぁいいだろう

台本に書いてあった通り、月弥の袖口を軽く引っ張る
そして見上げた


「仕事…辞めさせてもらえませんか?」


「どうしてそんな急に…何かあったの?」


…演技とは分かっていても標準語な月弥を目の前にし、物凄い違和感に襲われる

酔ってはいるけど月弥の表情は真剣で、こちらまで緊張してくる
台本を思い出せば視線を泳がせ、一度伏せ…そして見上げた


「一緒居るのが辛いんです。…あ、貴方を好きになってしまったんです!だから…だから…っ」


「っ、かわえぇっ、仕事辞めて俺と結婚しよーっ」


「おいこら、セリフ違うだろ」


一気に雰囲気がぶち壊されるばかりか、月弥に飛びつかれて押し潰しされてしまった

可愛い可愛いと頬擦りしてくる彼が、…もう大型犬に見えてくる


「…ったく、練習はまた明日、酒が抜けてからな」


「ふふ、もう大丈夫。今の鈴りんを本番で思い出すから、…俺の演技しっかり見といてな?」


「…思い出すなよ。大丈夫ならいいけど、また何かあれば言えよ?パートナーなんだから」


「人生の?」


「仕事の。…まぁプライベートな相談でも乗るけどさ」


「鈴りんが口説かれへんくて困ってます。どうしたらいいですか?」


「…飲み過ぎ、……俺そろそろファンに刺されそうだな」


懐かれるのは嬉しいけど、懐かれ過ぎと言うか…


結局二人ともこのままじゃれあっていれば疲れて…床で寝てしまうのであった



ーーー


「ーー…を好きになってしまったんです!だから…だから…っ」


「なら、尚更認める訳にはいかない。君にはこれからも支えていってもらいたいんだ。…仕事も、家庭も」


本番は一発ok
俺ばかりか皆月弥の演技に見入ってしまっていた


「いやー実に素晴らしい!彼は演技の才能に恵まれているよ。他作品にも誘っているんだが断られていてね、出てくれるように君からも宜しく頼むよ。次はこんな脇役じゃなく主演を用意しておくから!」


興奮冷めやらぬ監督に肩をばしばし叩かれたが、月弥が褒められたので気分は良かった

無礼の無いように関係者に挨拶を済ませれば楽屋へと向かった


「鈴りんどうやった?俺の演技」


「良かったよ。監督も関係者も褒めちぎってた」


「ふふ、良かった。鈴りん真っ赤になってたもんな」


「…見てたのか」


言っておくが俺だけじゃなく皆真っ赤になってたんだよ


「いつもドラマの撮影は苦手やけど、今回は良かったかも。あの時鈴りんの事思い出したら上手くいけたし」


「…今度は主演で出させてくれるって、出るか?」


「ヒロインは鈴りん?」


「んな訳ないだろ」



そんな冗談を言い合いながら、本日も無事仕事を終えることが出来たのだった



end

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