ブック2

□穏やかな日常を目指して
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「朝からテメェーは…仕事しに行けよ」


「君の方こそ、そんなんだと生徒に示しがつかないよ?」


「もー…俺は朝飯食べに行きたいんだけど」


…毎度毎度、朝からやかましい奴らめ


昼から行くなんて当たり前だった学校
それがコイツ、この前転校してきて同室者になったミナト(湊)のせいで遅刻出来なくなった
朝からこんなに煩い迎えが来るからだ、部屋に居てられん
サボろうとしてもこいつら含む色んな奴らがミナトを追っかけ回し、俺の部屋でもあるのに遠慮なく押しかけて来るのは当たり前で
やれ居場所はどこだ、やれ隠さず教えろとしつこく聞いてきて煩わしい事この上ない
もう教室にいた方がはるかにマシだ

おかげで先生には喜ばれるし、上級生にはなめられるし…俺ったら何やってんだか

…いっそもう不良をやめたくなってくる
そこそこ穏やかに楽しく過ごしたくて、…紆余曲折あってこうなっちまっただけで不良である事に憧れやら誇りがある訳でもない

グループに入れさせてもらったのでもなく、ただの一匹狼
喧嘩で負かした何人かが勝手に慕ってきてるだけ
派閥を争う事もなければ、下手な喧嘩もしない
ただ居場所の確保だけはしている、そんな感じ


…そしてこんな喧しい所に居たくなく、鞄を引っつかんで…ついでミナトの首根っこを掴んで部屋を出た


「あ、ありがとな?そうだっ、空哉(くうや)も一緒に食堂行こうぜ?」


「…飯が食いたいなら購買を勧める、じゃーな」


…食堂に行ったらまた絡まれるぞ
そう思うも口には出さず、ミナトに背を向けて歩き出した


ミナトとの関係は友達、と言うよりただの同室者に近い
話しかけられれば返す、それだけ

ミナトの人の良さは見ていて分かる
誰にだって分け隔てなく話掛けて、人懐っこい笑みを浮かべるからだ
その人の良さのせいで、あぁやって押しかけられても本気で怒れない
そしていくら愛されたって友情としか思っていない
故に誰かと付き合う訳でもなく、皆がその座を狙ってアピールしている訳

…まぁ、外部から来たんだから仕方ないんだけどな
俺も高校から来たからよく分かる
慕ってくる奴らに抱いて、抱かせて、と言われて仕方なく抱き締めてやったら笑われたのは嫌な思い出だ
…意味が分かってからそいつらを殴ったけど

俺もミナトの人の良さに毒されてるのか、ただの同情か
ああやって騒がしくされても多少苛つくぐらいで嫌いになる事はなかった
…まぁ、周りにいる奴らは嫌いだけどな


さーて、今日もお利口に朝から学校行きますか


ーーー


校舎から少し離れている、第三校舎の狭い屋上
それが俺の居場所だ
ちなみに第一校舎の屋上は生徒会が、第二校舎は風紀が使っている

昼休みに飯も食わずにコンクリートの上に寝転がる

いつもなら俺を勝手に慕う奴らが購買で買って来たものを広げてわいわい食べているはずなのに、今日は誰もおらず静かだ
彼奴らも真面目に授業でも受けて遅れてんのかな


「空哉さんが授業受けるなら俺らも全力で受けます!」


そう言われてからまだ日が浅い
彼奴らは単位考えずにサボるから危なかったのだが、ちょうど良かったようだ
舎弟とでも言うのか、俺は別に認めてはないんだが
彼らは何でも俺の真似をしたがる
だからパシりなんか使わず自分で買い物に行くようになったり、無駄な喧嘩をしなくなったり、物を壊さないようになったり、壁に落書きしなくなったり

おかげで先生に褒められた…って、だから本当に俺は何やってんだか
…何もやってないか

なんて、ぼんやり考えながら瞼を閉じる


そして五分としない内に建て付けの悪い、ぎぃーという扉の音が響いた
起きるのも面倒で、寝転んだまま

そんな俺に何かを振り下ろすおっかない訪問者
…ちなみに慕ってくる彼らはこんな事はしてこない

ごろりと転がって回避すれば地面に当たった物がカンっと金属音を響かせる
音からしてそうだけど、目を開いて確認して嫌になる

…寝ている人間に鉄パイプなんか振り下ろす?
しかも風紀委員長だよコイツ


「何で避けるの?」


…そりゃ誰だって避けるだろーよ
完全に分が悪いが素手よりマシだろうと、落ちてあったボロいデッキブラシを手に取り構える


「朝、湊を連れて行ったよね」


「…何の事だか」


「惚けないでよ。ホントに…英幸(ひでゆき)も鬱陶しいし、また湊は見当たらないし…苛つく」


前半はともかく、後半は八つ当たりじゃねーか
鋭い瞳を向けてくる委員長は鉄パイプを迷いなく俺の頭目掛けて降ろしてくる
それをデッキブラシで何とか受け流し距離を取る

…うん、俺よりよっぽど不良らしいと思う


「君の部下は全員伸したから、精々楽しませてよね」


「…こんな事してる暇あったらミナト探しに行けば?」


「そう言うなら君も協力してよ」


鉄パイプ振り回してくる奴に誰が協力するか
頼み方があるだろ、頼み方が
…何て言われようが面倒だから加担なんかしないけど

躊躇いなく振り下ろされる鉄パイプを受け流すのが精一杯で
あんな委員長の馬鹿力が加わった重い物を木の棒で受け止めるんだから手がジンジンと痺れてくる
それで一瞬怯んでしまい、その隙を逃してくれるはずもなく背中を思いっきり打たれてしまった

バランスを崩し何とか背後は見せないようにとガシャリとフェンスに背を付く

そんな俺の喉元に鉄パイプを突き立ててくる


「黙って協力してくれれば悪い様にはしないよ」


「…風紀が暴力使って脅しまで、それこそ生徒に示しがつかないと思うけど」


朝のコイツの台詞を思い出し、嫌味たっぷりにその仏頂面に言葉を返す
するといやーな笑みを向けられた


「不良を更生してあげてるんだから、むしろこれが仕事だよ」


「…じゃー俺も風紀入ってアンタを更生させたいわ」


…嘘だけど
あんなダサいバッジ腕に着けたくない


「望むところだけど…今はとりあえず、そんな減らず口叩けなくしてあげる」


よっぽど虫の居所が悪いのか、また鉄パイプを振り上げる委員長
だけど怒りに任せて振り上げた腕は大振りになり隙が出来た
そこを見逃さずさっきのお返しにと、こちらも加減なくそのガラ空きな横っ腹を蹴り飛ばした

ガシャリ、と今度は委員長がフェンス背をつく
そして、その喉元にデッキブラシの柄の先を突き立てた


「アイツらは俺の部下じゃない、狙うなら俺一人にしろ。…それから何と言われようが協力はしない」


「…それは湊が好きだから?」


「お前らと一緒にすんな、…なんなら部屋でも変えて俺とミナトを離れさせろ」


そして朝寝坊させてくれ、平穏な日常を返してくれ

ポンポンとデッキブラシの柄で委員長の腕を軽く叩く
意図が伝わったようで、渋々鉄パイプを手から離した
そのパイプを蹴り飛ばせば俺もデッキブラシを捨てる

…コイツの相手させられた奴ら、その辺で伸びてなきゃいいけど

厄介ごとに巻き込まれたくないのが9割
…若干の心配が1割で、委員長がまたやる気になる前に早々と屋上を後にした
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