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「はぁ…はぁ…っ」


何も持たないまま、ただひたすら家に向かって走った
遠いけど、1〜2日あったら着くと思う
友人の家に助けを求めに行くのが一番いいのは分かってたけど、今の新川が何をしでかすか分からなかったから出来るだけ避けたかった

走っても走っても追われている気がして歩みを止められない

そのくらい精神的にも追い詰められていた



足枷を外された3日後
持ち出せる物がないか探し、体力回復させるの為の3日間だった
調子が悪いと嘘を付き、抱かれないようにもした

新川が眠ったのを確認すれば、夜中に静かに家を出た

盗むのがいけない、なんて言ってる状況じゃない
だけど新川がいない時に家の中を探し回ったが、金が一銭も見つからなかった

でも家を出れば何とかなると思っていたので、不安ではあったが何も持たないまま夜道を駆けた


途中何度か公園に寄れば蛇口を捻り浴びるように水を飲む
可笑しなくらい周りを見渡し、新川がいない事に安心すれば少しだけ休憩する

それを繰り返し、足ががくがくになったが、夕方には自宅へと帰ってくる事が出来た

だけどドアノブを捻っても開かず、インターフォンを鳴らしても応答がない

それだならまだいいが…人の気配がしないのだ

表札も無くなっていて、間違えたかと部屋番号を何度確認してもあっている
いつもなら郵便受けに刺さったままの夕刊もない

冷や汗が流れ、ドンドンとドアを叩いていれば、不審そうに隣の人が顔を出した


「あれ?依緒君?久しぶりねぇ、どうしたの?」


「え、あ…鍵無くして」


お隣のおばさんに声を掛けられてようやく我に帰り、赤くなった手を隠すように後ろへやり、もっともらしい理由を口にした


「え?もう引っ越したって聞いてたけど?」


「引っ越し…た?」


「えぇ、また転勤になったとか…せっかく仲良くなれたのにねぇ」


何それ…聞いてない…
連絡がつかなかったとしても、息子に何も言わずに引っ越しなんかするの…?そもそもどうして探してくれな…い…

また冷や汗が背中を伝っていく

…おばさんの様子からして俺が一緒に引っ越したと思ってる
と言う事は俺が監禁されてたとか、いなくなった事を知らない…

もしかして…母さん達も、知らない?
…なら、それはどうして?

…頭によぎった答えが恐ろしくて、口の中に溜まってくる唾液を無理矢理飲み込む

そうだ、大学
俺が何日も行って無かったんだから事務的な連絡くらい行ってるはずだ
そうすれば母さん達だって気付くはず

…でもそれも無かったとしたら…

浮かんだ答えに泣き出してしまいそうになり、呼ばれていたが気に出来ず、痛む足を動かしその答えが間違いだと知りたくて大学へと走った




「久しぶりだな、どうした?忘れ物か?」


門の所で、俺が好きだった授業を教えてくれていた先生が声を掛けてくれた

走ってきたのでまだ息が整わず、喋れないのでそれっぽい相槌をうつ


「真面目に講義受けてたのにな、急に辞めたからちょっと心配してたけど元気そうだな」


「…辞めた?」


「あぁ、何週間か、1ヶ月前くらいか?…どうした、真っ青だぞ?」


何で…どうして…
誰がそんな事…

薄々分かっているのに、認めたくなくてまだ悪足掻きしたがる自分がいる


「すみません!携帯貸してもらえませんかっ」


「いいけど…」


不安で声が震える
喉も渇いて掠れた声しか出ない
それでも無理矢理声を張り上げ先生に頭を下げた

また不審そうに見られているが構ってられない
差し出された携帯を礼を言って受け取り、震える手で番号を押していけば携帯を耳に当てた


「母さん?俺、依緒だけど」


「あぁ依緒?ちょっとは連絡してきなさいよ」


耳から聞こえてくる声は、いつも聞いていた声と変わらない
電話の向こうから焦りなんかちっとも伝わってこない
…どうして?


「連絡出来なくて…」


「携帯があるでしょ?ちゃんと大学は行ってるの?新川君に迷惑かけてない?」


「…何で新川の名前…」


…薄々気付いていた答え


全て新川が関係しているかもしれない


その真実が突き付けられ、走って出た汗とは違う汗が止まらない
呼吸してるはずなのに、酸素が足りない、息苦しくて仕方がない
先生が「大丈夫か?」って尋ねてきてるけど、上手く返事が出来ない

そんな俺に気付かず電話の向こうからは話が続けられた


「依緒が今の大学行きたいからって、一緒に引っ越せないから新川君の家にお世話になるってメールで言ってきたでしょ?」


「メール…」


母さんの言葉を繰り返すように口から零れる

送ったのは俺じゃない、そもそも携帯が手元にない

それを知らない母さんはまた話を続けた


「急に帰って来なくなるから心配だったけど、新川君が挨拶しにきてくれたし引っ越しの手伝いもしてくれて…風邪なら仕方ないけど引っ越しの日くらい顔見せなさいよね」


…もう、自分がいない所で何が起こっていたのか、理解出来ない

……気持ちが悪い

口に手を当てれば崩れ落ちるようにその場で膝をつく

電話の向こうからは返事をしない俺を呼び掛ける声が微かに聞こえる
すぐ傍にいる先生が様子が可笑しい俺を心配する声が微かに聞こえる

だけど頭には届かない


そんな中、誰かが後ろから近付いてくる足音が聞こえてくる
遠い足音なのに傍にいる先生より大きな音に聞こえる

その足音はどんどん近くなり、膝をつく俺に影を作った


「依緒、帰りましょうか」


その声だけは、頭に痛い程響いた
顔を上げれば一番会いたくない人物が移り、世界が真っ暗になった
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