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"依緒、依緒、依緒"


微睡む意識の中ずっと聞こえてきた声
意識が浮上してきた頃には、またあの部屋の中
壁を背に、床に座っていた


「信じてたのに…どうして逃げたんですか」


そう言って辺りの物を散らかし投げる新川
…俺が初めて外に出たいと言った時と同じ状況
いや、それ以上だ


「どうして傍に居てくれないんですか」


俺が起きたのにも気付かないまま物を投げては壊していく
その散乱した部屋の風景が、俺が起きる前から大分暴れたのだと教えてくれる


「どうして…分かってくれないんですか」


「新川…」


呼び掛ければ持っていた物を下へ下ろし、俺に近付いてきた
そして目線を合わす為に床に膝をつく

その瞳は涙が溢れそうな程溜まっていた

…泣きたいのは俺の方なのに
新川の顔何か見たくない、何でこんな事をしたのか酷く罵って暴れたい…


「分かって逃がしましたが…結構辛いですね」


だけど新川も同じように辛そうで、何も言えなくなってしまった

…ちゃんと分かり合えたら、こうならずに済んだかもしれない
新川を理解しようとせず、逃げる事ばかり考えて話をしてこなかったのは俺だ

失った物が大き過ぎて妙に頭が冴えていた
そんな頭が、今謝りあえたらやり直せるんじゃないかって、今は無理でも話を聞けばゆっくりでも新川を許せるんじゃないかって訴えてくる


その意志のままに謝ろうと、俯いた新川に手を伸ばそうとしたが……顔を上げた新川の目の色が変わっていた
その表情の怖さに伸ばした手も、出掛かった声も引いてしまう


「…本当に周りの奴らを殺しましょうか…それとも依緒の足を切り落としましょうか」


「や、めてっ、ひ…っ」


近くにあったガラスの破片
それを手に取れば笑みを浮かべてくる新川に背筋が凍る
上手く発声出来ず、掠れた声で必死に訴えるが、それさえ楽しそうに新川はそのガラスで俺の太ももを軽く這わす

這った後はジャージが裂け、薄く皮膚が切れて血が滲んでいく

本当に切り落とされてしまったんじゃないかと、恐怖からか足の感覚が鈍ってくる

さっきのような生ぬるい考えの謝罪ではなく、恐怖から出た、許しをこう為の謝罪が悲鳴のように何度も口から漏れる


「依緒の帰る場所はここしかないんですよ、分かったでしょう?」


「ごめんなさい…ごめんなさ…い」


謝りながらこくこくと何度も何度も頷く
反対側の太ももにもガラスを這わせられ、ジャージを貫通して身が薄く切れていく
その上にぽたぽたと雫が落ち、自分が泣いてる事に気付いた
ただ泣いてる実感も、息をしている実感も、今はない


「両親の居場所は教えませんよ、知りたがるなら…どうしましょうか」


「聞かないから…知りたくないから…」


まるで歌いそうなくらい軽い口調で…俺の首にガラスを当てながら囁いた

首が鈍い痛みの後に熱くなり、切られているのだと伝わってくる
このままでは俺か両親か、もしくはどちらも殺されてしまうんじゃないかと言う恐怖に苛まれる


「新川…ごめんなさい…もう逃げないから…俺の居場所はここだから…ここにいるから」


もう必死で懇願したが、自分でも何を言っているか分からない
だけど自分はここに居なくちゃいけなくて、居場所はここなのだと、頭に刷り込まれていく
それを復唱するように口から零れていた


その言葉に新川は気を良くしたのか、落ち着いたのかは分からないが、ガラスを首から離し近くへ投げ捨てた

そしてうっとりと微笑む


「依緒…また構ってほしかったんですよね?…足枷だけじゃ足りないなら教えて下さいよ」


ガラスを握っていて手が切れたようで、血で塗れた手で俺の頬を撫でてくる

その姿は本当に楽しそうだが、逃亡する前より確実に新川が狂ってしまった

…笑顔がこんなに怖いだなんて

監禁してからだって笑ってはいたが、それは張り付いた笑みで…
学校で見ていた笑みも、作ってたんだと今は分かる
どちらも傍で見ていたけど、いつだって感情は読み取れなかったのだ


……だけど今の新川は、心の底から笑っているように見える
そう伝わってくるくらい、綺麗に微笑んでいる
ただそれがひたすら怖い
体の震えだって収まらない


一旦新川が離れたものの、動けないままその場にいれば帰ってきた新川の手には鎖が…

部屋の柱と繋がった足枷がまた嵌められたのは勿論な事、首にも首輪が嵌められ、その鎖の先は新川の手の中
両手首にも拘束具が嵌められ、手首同士が鎖で繋がっている
拘束されるのをただ唖然と見ることしか出来ず、両手首を左右に開けば肩幅ぐらいまでしか伸ばせなかった

そして新川は手の中の鎖を引っ張った
容赦なく引っ張るので首が締まってしまう


「さて…依緒の大好きなお仕置きをまたしましょうか、たっぷり構ってあげますよ」


新川の機嫌を損ねるんじゃないかと、嫌だとか否定的な言葉を発するのも出来なくなり…だけど体は動かずそのまま寝室へとずるずる引きずられて行く



好きになったはずの人は狂い、もう恐怖しか与えてくれない

"どうでも良かった人が今は、居ないと息する事も出来ない"

友人のように惚気れるような恋愛がしたかった

"こんなに愛していても、歪んでしまった愛は少しも君に届かない"

出来上がった俺らの関係は「恋人同士」なんて優しい関係ではなかった


言葉に出来ないような、不安定な、曖昧な関係だった


end

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