短編
□鬼と呼ばれたある死罪人の独白による、
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ああ、もう時間かい?早いねえ。
何、そんなに急かさなくたって良いじゃないか。
この長い道のり、私の話しでも聞いて気を紛らわしておくれよ。
え?お前の話しなんて聞きたくない?
そうかい、じゃあ一人でべらべら喋る事にでもしようかね。独り言だと思ってくれて結構さ。
昔昔のお話だ。ある所にね、一人の女がいた。
その女は鬼と恐れられた戦忍で、いくつ命を奪ったかも分からない程手を汚し、血で染まり切っていた。
ある時は一国の主を、またある時は幼子を。その手で葬って来た女だった。
そんな女にも、童だった事はあった。いくら鬼と言われようとも、その女も結局は人間だったという事さ。
純粋で無垢で何も知らない童だった頃が確かにあった。
その女が十になった時、ある学園へ入学した。人里離れた山の奥、忍になるためだけに存在する忍育成の場へとね。
女はそこで鬼になる全ての要素を身につけた。命を知った、血を知った、己を知った。
狂いそうになる程の命の重みに押し潰されそうになった事もあった。まだ鬼として未完成だったからね。
そんな女を救ったのは同じくその学園に通う同士達の存在だった。
同士達は互いを高め、互いを尊重し、そして女にとって掛け替えのない友となって行った。
血濡れた日々を輝かす、友の存在が全てになるのにそう時間は掛からなかった。
しかしまぁ、現実は残酷さ。女は忍に、鬼になるため学園に入った。友人達もまた然り。
学園を卒業し、忍となった暁には戦場を駆ける日常が待っている。
そしていつの日か友を斬る、友に斬られる未来が待っている。
女はそれを理解していた。友たちも理解していた。
だから女は卒業し、忍となった時に決めたのさ。鬼になり、修羅になろうと。無情になり敵を斬ろうと。全ては生きる為にね。
それは愛する人とて同じこと。女にもまだ鬼として半端だった、学園にいた頃に、男として見た者が一人いた。その男も鬼を女として見ていた。
けれどその男も、戦場で会おうものなら迷わず斬ろう。そう、固く誓っていたのさ。
やれやれ、少し疲れたね。ん?話すのをやめればいい?何を言うんだい、どうせまだかかるんだろう?ただ歩くだけじゃ飽きてしまうじゃあないか。
おやおや、本当にどうでもよさ気な顔をしてるねえ。まぁ実質、お前さん、興味ないんだろ?全く、せめて少しは話しに乗ったらどうだい。
え?独り言って言ったじゃないか、って?無駄な所だけは聞いてるんだねえ。
くく…。さぁて、そろそろ話しに戻ろうか。
確か女の決意まで話したんだっけかな。うん、そうだね。そうだそうだ。
そう決意した女は、実際に何人かの友を自らの手で葬ったのさ。後悔も悲しみも何も無かった。その時にはもう、完全なる鬼になっていたからね。
けれど、そんな女がとうとう敵対する大国の忍に敗れた。
実力はほぼ互角、寧ろ女の方が圧倒していた。だというのに女が負けた。何故だと思う?
その忍がね、生涯でただ一人、自分が人間だった頃に愛した男だったからさ。
随分と情けない話しじゃあないか。幼子を殺した、町娘を殺した、友を殺した。だというのに愛した男は殺せなかった。
一瞬だけ、鈍ってしまったのさ。男に向けた刃の軌道が乱れた。その隙に、ね。
とんだ笑い話だろう?私もこの話を聞いた時は滑稽で滑稽で、腹がよじれる程に笑ったね。
ああ愉快、何度思い出しても心底おかしいね。
…おや、丁度いい頃合いじゃあないか。やっとこさ到着かい?
全く長かったね。話し疲れてしまったよ。
少しだけ、休もうかね。
ああ、そうそう。最後に一つだけ。
先の女の事だがね、友と男を斬る決意をした時、もう一つ、ある事を決めたのさ。
手加減はしない。それは信念のようなものだから。
だか、もし、もしもだ。実力が及ばずに、己が斬られるような事があれば。
その時は礼と笑顔を残し、潔く散って行こう、とね。
さてと。これで話しは本当にお終いさ。お前さん、何だかんだで聞いてくれたじゃないか。
優しいねえ。その優しさがいつか命取りになるんじゃないかと思うと私は心配だよ。
さぁて。私は早く休みたいんだ。さっさとしておくれ。
そう、それでいい。
「有り難う、三郎。」
鬼と呼ばれた
ある死罪人の
独白による、
「私も一等、愛していたよ。」
そしてこれからも、永遠に。
ー
たまにこういう話しが書きたくなる。病気。