短編

□鈍行マーチ
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ことり。

淡いピンク色のルージュが置かれたその軽い音が妙に心の隅に引っ掛かった。

机に並べられたマニキュアの小瓶はきらきらと宝石のように輝いている。

どこか遠目に、宝石箱のように色とりどりの化粧品が並べたてられている様を見ていると突然聞こえてきたため息に私は思わずふと視線を上げた。



「ほんっと最悪。いきなり雨降ってくるとかまじ無いっての。」

「天気予報、見なかったの?」

「見る時間なんてないし。」

「そっか。」



そう返してにこりと小さく笑った私に、彼女は一瞬ふっと視線を送った後、直ぐその大きな瞳を鏡へと移した。

あの視線。私に何も興味など持っていない、世間に何も期待などしていない、酷く冷めたつまらなさそうな目。

そう。それが私には無性に心苦しくて、辛かった。


ばさばさと彼女が目を瞬く度に揺れる長い睫毛も同じ。マスカラで濃くしたその色に私は未だ慣れる事が出来ていない、見ていて辛いのだ。

それだけじゃない。

真っ白い肌も、水色の瞼も、深紅の唇も、金色の髪も、青い爪も、銀のピアスも。全て彼女には無かった色。

私の知らない色で彼女は身体を彩っていた。

三神の色は装束と唇の桃色、髪の漆黒、肌の小麦色。そして血の赤。この色だけだったというのに。



「…何?」

「え、」

「さっきから人の顔をじろじろと。何かついてる?」

「や、その、別に…。」

「そう。ならじろじろ見ないでよね。」



何の感情も乗せず言い放たれた言葉が私の少し後ろにぽとんと落ちた。


変わったと誰かが言った。彼女は変わってしまった、と。

いいや、これが三神さやだ。さやじゃない、私の知っている彼女とは異なる同一人物だ。

今を生きる…新しい生命体として生まれた彼女へ昔の面影を求めていたのは事実だ。けれど時が経つにつれ、彼女と彼女は別人だと理解出来るようになった。

私も同じ。私も、猪名寺乱太郎であって猪名寺乱太郎ではないんだ。




分かっている。分かって、いるんだ。頭では。

けれど、どうしたって心はその事実を頑なに拒み、否定する。





またあの十二人で笑い合いたい。




そんな叶いもしない儚い望みに、私はいつまで縋り続けるんだろう。








「よし。」










淡い桃色を唇に乗せ、鏡に向かって微笑むさやの姿は、妙に遠かった。
















鈍行マーチ



 

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