短編

□ほどけた桃色をつなぎ止め
1ページ/1ページ


まぁ、はい。何と言いますか。

私は小さい頃から聡い子でありまして。自分で言うのも何ですが賢く礼儀正しく誰からも愛される子供でした。同い年は勿論、広くは年寄りにまでちやほやされ、愛し愛され、それはそれは幸せな子供時代を送って来たのです。

だから、でしょうか。いえ当然と言っては当然の結果なのですが。

私は人から嫌われるという事が全くと言っていい程、ありませんでした。







「君、嫌い。」

「…は、?」








ですので、今しがた彼から向けられた嫌悪の言葉ですとか悪意の眼差しですとか、つまりは彼の全てが、私の思考を固まらせるのには充分すぎるほどの条件だったのです。
















「ちょ、ちょっと!勘右衛門!?」

「何っつー事をいきなり言い出すんだお前は!」



彼…尾浜君の周りの友人の方々の慌てふためく様子が両耳を通じて頭に響くのを感じました。

が、私の瞳は目の前の尾浜君から離れてはくれません。




「勘右衛門。頼むから面倒な私事に私達を巻き込まないでくれ。」

「えー。そんな事言ったって初めて喋った子だし、今しか言う所ないじゃん?」

「勘ちゃん、つまりは初対面の子が嫌いになったのか?」

「初対面っていうか、まぁ一応クラスメートだけど。今まで関わりないし?まぁ殆ど初対面に近い関係かな。」

「おおおおお前は何言ってるのか自覚あるか!?」

「うん、あるよ。君が嫌い。それだけ。」



喧騒の中、再び向けられた真っ直ぐな瞳。

淡々としたその言葉をやっと理解出来た私は、震える唇を必死に動かしました。



「きら、い…?」

「嫌い。」





クラスメートでありながらも一度として会話した事のない私達。

食堂でご友人方と楽しそうに談笑されていた彼にぶつかったのは本当に只の偶然でした。

ごめんなさい。ああ、大丈夫だよ、気にしないで。

そんな至って日常的な会話の後、じっと見つめられ、そして放たれた先程の言葉。

混乱する私は冷静に考える余力などという物はありませんでした。


「ぶ、ぶつかったから、ですか?」

「え、俺そんな心狭くないって。」

「じゃ、なんで…っ!」

「嫌いになるのに理由なんている?」




ずくんと胸が痛みました。

しかしその痛みにふと疑問が沸き上がります。

…痛む?何故?ああ、嫌われたから、でしょうか。嫌われたら胸が痛む物なのでしょうか。

目の前でにこにこと笑う尾浜君。しかしその目は凍てつく程、冷たい物でした。

その冷たい目にまた胸がずくんずくんと痛みます。

これが、嫌われる、ということ。

これが…?









「っ、おい勘右衛門!お前いい加「ありがとうございます。」…は?」





いつの間にやら震えは納まり、私はやっと冷静さを取り戻せて来ました。

至って自然に、口元に浮かんだ緩やかな笑み。

嫌いな人間に笑われるのは癪でしょうけれど、致し方ない事です。

だって、嬉しいのですから。



「私、こんな気持ちは初めてです。この年になって初めてに出会うなんて思いもよりませんでした…。だから、ありがとうございます。」




私の言葉に目を丸くしながら固まる尾浜君のご友人方。阿呆面、というやつですね。

尾浜君も目を見開いていましたが、直ぐに綺麗な笑顔を浮かべました。



「そう、それはよかった。」

「…っ、ええ、それでは失礼します。」



その綺麗な笑顔に一瞬見惚れたのは、気の性などではないのでしょう。

先程とは違う意味で波打つ胸を押さえながら、きちんと一礼し、その場から走り去りました。

そんな私を尾浜君が見つめていたなど露知らず、私は新しい何かが始まる事にただただ歓喜していたのです。
















ほどけた桃色をつなぎ止め

(な、何なんだあいつ…。)
(可愛いでしょ?とっちゃ駄目だからね。)
(はっ?お前あいつの事嫌いなんじゃ…!)
(ん?俺あの子の事好きだよ?言ってなかったっけ?)
(…はあああああっ!?)
(あの子の事を好きな奴はいっぱいいる。だからあえて嫌いって言ったんだ。)
(ふーん、それで興味を引こうって訳か。)
(歪んでるのだ。)
(さすがというか、何というか…。)
(はは、ありがとう。)
(もうなんか、お前らお似合いだと思う…。)






いろんな意味で歪んでる。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ