短編
□半分こだけあげるよ、私の気持ち
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毎年の事ながら、よくもまぁ皆うんざりしないなと思う。
忙しなく動き回る女子に、何処となく落ち着きのない男子。
一日中こんな光景を見ていたら、嫌でも今日がバレンタインデーだと分かってしまう。
走り回る女子達の紙袋は膨らんでいて放課後までご苦労な事だと頬を掻く。
「さやちゃん!はい!」
「ああ、ありがとう。ホワイトデー待っててね。」
「期待してるー!」
駆け寄ってきたクラスメートの差し出す小包を受け取り、笑顔を返す。
私の言葉を確認してから頷いたクラスメートは、大きな紙袋を揺らしながらまた何処かへと走り去って行った。
可愛らしいピンクのビニールで包まれたチョコレート。
むせ返るような甘い匂いが鼻孔を霞む。
ため息をついてからポケットへとその包みを滑り込ませた私は、鞄を手にし無言で教室を出た。
「…お?さや!」
「竹谷…。あんた部活は?」
「今日はオフ!珍しい事もあるよなー!」
学校から出、緩やかな道をのんびりと歩いていた私にかけられた大きな声。
それはクラスメートであり、また親友でもある男…竹谷のものだった。
にっと満面の笑みを見せた竹谷は私の隣まで駆け寄り、歩調を合わせて歩きだす。
「まっ、バレンタインデーくらい休ませろっつー話しだけどな!」
「あーはいはい。まぁあんた朝から一段とそわそわしてたもんね。」
「べ、別にそわそわなんか…!」
「してたね。」
うぐ、と気まずそうに押し黙った竹谷。しかしその右手にぶら下げられたパンパンのビニール袋が彼の今日の収穫を示していた。
透明な袋からのぞく赤いリボンを見つめながら、私は少しだけ歩くスピードを緩めた。
「で、幾つだったわけ?」
「へへっ、なんと十六個!記録更新したぜ!」
「義理チョコ記録?」
「……それは言っちゃいけない約束だろ!」
「ああごめん。」
「んだよ、お前はくれないのかよ!」
「私作ってないから。」
「はあっ!?お前女か!?男のロマンを壊すなよ!」
「…は?」
「バレンタインはなぁ、男の夢なんだよ!わかるか!?」
へー、と相槌を打ちながら、ふと前方のコンビニを見遣る。
男の夢、ねぇ。
未だ何か叫ぶように話し続ける竹谷を横目に私はコンビニへ向かって歩き出した。
「あ、コンビニ寄るのか?」
「うん。あんたどうする?」
「んー…。待ってるよ、どうせ家帰っても暇だしここまで来たなら途中まで一緒に帰ろうぜ!」
「わかった。」
快活に笑う竹谷に頷いて見せ、私はコンビニへ駆け込んだ。
何というか、私も結局変わらないんだな。
呆れのような、歓喜のような。複雑な思いを胸に会計を終わらせた私は自動ドアの脇に立つ竹谷まで歩いて行った。
「早かったなー。」
「買いたいの一つだったし。」
「何買ったんだ?」
不透明な小さいビニールへ手を入れ、それを見せれば竹谷の瞳は面白いほど見開かれた。
「え…。」
「言っとくけど義理でも友でもないから。私が食べたくて買っただけ。まぁでも、少しならあげてもいいよ?」
茶色い包装紙に包まれた、長方形の板チョコレート。
それをひらひらと見せながら私は薄く笑った。
「半分こ、ね。」
一二回瞬きをした後に見せた、竹谷の赤くなった頬につられたのは、致し方ない事だと私は思う。
半分だけあげるよ
私の気持ち
(笑って見せた君)
(その笑顔が1番)
(わたしは好きよ)