短編

□冬にそなえて
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「勘、ちゃん。」

「ん?」




時々、さやは情緒不安定になる。所謂、ナーバス。

特にこの季節…秋と冬の境目、寒さが肌にしみるようになる、この季節になると。

急に泣き出したり、ぼうっと空を見上げたり、夜に一人ベランダに座っていたり。



私、この感情を表す言葉を知らないの。無知なの。覆うことが出来ないの。苦しいよ、勘ちゃん。私、どうしたらコレを伝えられるの?



つい一昨日はこんな事を言いながら、部屋の隅でうずくまっていた。







俺はそんな彼女に何もしてやる事が出来なかった。さやとはただの幼なじみ。それだけの関係。けれどそれだけだった筈のものは、だから、へと姿を変えていた。

幼なじみだから。だからこそ、俺はさやの支えになりたい。だというのに、俺は何も出来ない。

ちっぽけな俺は優しい声音で彼女を慰め、傍にいてやることが精一杯。

何をどう足掻こうとも彼女の世界を見ることは叶わなかった。






「勘ちゃん、勘ちゃん、勘ちゃ…っ。」

「大丈夫、大丈夫だよ、さや。俺はここにいるよ、大丈夫。」


何の根拠もない、大丈夫。

飾り付けられた俺の言葉は、本当に、無力だ。





周りから愛されているさや。明るく友達思いで、いつでも誰かが傍にいた。ただ、何処か変わってる。不思議などではなく、変。というのが好意と共にさやへ向けられている周りからの考察だった。

変。変だというのが周りの評価。

こうして時たまナーバスになるのも、変だから?

違うんだろう、きっと。感受性が強い、とか色んな意味が込められて…言葉を一くくりにしてしまって変になってしまったんだ。

俺は変だとは思わない。だって、それがさやだから。




「私を見つけたら、普段の私を取り戻せたら、すぐ帰る、から。だからそれまで、傍にいて。勘ちゃん…っ。」

「もちろんだよ。冬が来るまで、離れない。だから安心して?さや。」


きゅうっと自らを抱きしめている両腕を優しくほどき、代わりに俺が彼女を抱きしめる。


今にも消えてしまいそうな、儚く、脆く、弱い存在。

大丈夫だから。

そう、もう一度呟いてから、そっと顔を窓の外へと向けた。



ひらひらと落ちて行く枯れ葉が妙に悲しげに見えた。



ああ、今年もまた、冬が来るね。








にそなえて










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冬は人肌が恋しくて食べ物が美味しい季節です。

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