現実からの逃亡者
□03 先の見えない泥沼に
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さわりさわりと、半身を撫でる冷たく心地の好い触感。
何故か懐古の念が私の胸を燻った。
どうして。
朧げな思考とぼやけた視界に一度固く目を瞑り、そして一気に瞼を開けた。
「……っえ?」
呆然と、辺りを見回す。
先に広がっていたのは、何処までも澄み渡る冴え冴えとした青い空。
頭を横に動かせば青々とした草原と、赤に黄、桃色と彩り豊かな花弁を揺らす花々の姿が目に映る。
あー。うん。
こほん、と一つ咳ばらいをし、私は静かに上体を起こした。
はいはい、落ち着いてー。息を吸ってー。吐いてー。もう一度吸ってー。はい、せーの。
「はああああああっ!?」
私の叫びに鳥達が一斉に羽ばたいたのも、無理はない。
「いやいやいや…。え?何?何で?」
私、どうしてこんな大自然に包まれてるの?
困惑しながら更に視線を動かせば、見えたのは両足をせせらぎに突っ込み、そして濡れそぼった靴の姿で。
引き攣った口元を抑え、ゆっくりと足を引き抜けば水滴が勢い良く落下して行った。
「…最悪。」
手を額に置き、溜息をつけばふと視界に映った半透明の物体。
かさりと風に揺れたそれは…。
「ビニール袋…?さっきの、買い物の…!」
全部で三つ。購入品全てが納まったその袋は間違い無く、私の物だった。
呆然とする私の脳裏に駆け巡る、夢か現かも分からぬ記憶。
もし、もしもだ。この記憶が全て現実だとしたら…?
「ここは平成じゃない…。私は、トリップした、ってこと?」
さっと冷たくなった身体。
私はこれからどうなるのか。くらりとした視界に私は再び強く目を閉じた。
先の見えない泥沼に