現実からの逃亡者

□03 先の見えない泥沼に
1ページ/1ページ




さわりさわりと、半身を撫でる冷たく心地の好い触感。

何故か懐古の念が私の胸を燻った。

どうして。

朧げな思考とぼやけた視界に一度固く目を瞑り、そして一気に瞼を開けた。






「……っえ?」












呆然と、辺りを見回す。

先に広がっていたのは、何処までも澄み渡る冴え冴えとした青い空。

頭を横に動かせば青々とした草原と、赤に黄、桃色と彩り豊かな花弁を揺らす花々の姿が目に映る。




あー。うん。





こほん、と一つ咳ばらいをし、私は静かに上体を起こした。


はいはい、落ち着いてー。息を吸ってー。吐いてー。もう一度吸ってー。はい、せーの。







「はああああああっ!?」
















私の叫びに鳥達が一斉に羽ばたいたのも、無理はない。




















「いやいやいや…。え?何?何で?」




私、どうしてこんな大自然に包まれてるの?

困惑しながら更に視線を動かせば、見えたのは両足をせせらぎに突っ込み、そして濡れそぼった靴の姿で。

引き攣った口元を抑え、ゆっくりと足を引き抜けば水滴が勢い良く落下して行った。




「…最悪。」




手を額に置き、溜息をつけばふと視界に映った半透明の物体。

かさりと風に揺れたそれは…。




「ビニール袋…?さっきの、買い物の…!」








全部で三つ。購入品全てが納まったその袋は間違い無く、私の物だった。

呆然とする私の脳裏に駆け巡る、夢か現かも分からぬ記憶。

もし、もしもだ。この記憶が全て現実だとしたら…?









「ここは平成じゃない…。私は、トリップした、ってこと?」

















さっと冷たくなった身体。

私はこれからどうなるのか。くらりとした視界に私は再び強く目を閉じた。














先の見えない泥沼に


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ