VOCALOID


□『愛のことば』
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マスターが学校で居ない夕方。
アイスピックを片手に少年は微笑んだ。
白い両腕に幾つも残る、鮮やかな傷跡。
自らアイスピックを向け、傷を作っていく。
そんな行為が、彼の日常。
決まってその瞬間独り吐く言葉は


「マスター、明日この傷に気付いてくれるかな…」


綺麗な紫色の瞳が、赤く染まる。
白い肌から、血が赤く滲む。

ああ、今日も変わらない…何も変わらない。

ねぇマスター…

どうしていつも――


バタンッ―


玄関の扉が開いた音がした。
はっ、として、少年は玄関を見やる。
とっさに両手を、後ろにやった。


「マ…」


“マスター”と言いかけて、言葉は止まる。
目の前に現れたのは確かに自分のマスター。
けれどいつもと違って目が沈んでいて、後ろに真っ黒に渦巻いた影があった。


「マスター?今日は、早いんですね」

「……帯人」

「マスター?」


少年――帯人の応答には応えず、マスター……ますたーは彼の目の前へ立ち止まる。
いつもと様子が違うマスターが心配で、首を傾けて彼女の顔を帯人が覗き込んだ。
俯いていたますたーは顔をあげると、


「帯人…」


そう呟いて、彼の左手を引いた。
左手は、先ほど切った傷から血が滲んでいた。


「私知ってたよ」


マスターが虚ろな瞳をして呟く。


「帯人が毎日、自分でこうして自分を傷付けてるの」
「……」


なのに、気付かないフリをしていた…?
そして何故、マスターは今それを打ち明けてしまうのだろう…?

気が動揺していると、急に傷口から鋭い痛みが走った。


「ッ、ます、たー…!?」


見やると、マスターが指の腹で割くように傷口を広げていた。
ぱっくり開いた傷口から、だらだらと赤い液体が線をなぞり滴りこぼれ出す。
だんだん痛みが増して、悲鳴の混じった呻きを上げる。


「い゛ッ、…いたい、痛いです…っマスター…!」

「本当…真っ赤で綺麗だね…」

「っマスター…ッ!!」


右の掌から、アイスピックが床を転がる。
右手でマスターの肩を押して、彼女の手の動きを強制終了させた。


「帯人…?」


パタパタ…と、帯人の赤い血が小さな円を描いて床を赤く染める。


「マスター…何かあったんですか…?って、ます、た……」


帯人が喋ってる途中に、ますたーは床に転がったアイスピックを手に取った。

「……ね」


虚ろ気な目で帯人を向いた。


「これを使えば、死ねるの?」

「……」


マスターのその言葉に一瞬目を丸くさせ、静かな声で聞き返した。


「…死にたいんですか…?」

と。
 
 
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