VOCALOID


□『小さな罠』
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俺のマスターは、俺より年上なのに何故か、俺よりも幼く感じる。

それは多分、マスターがあまりにも無邪気で純粋だから。

…純粋故に鈍感。
俺が毎日どんな気持ちでマスターと過ごしてるかも知らない。
俺の想いに、気付いてないだろ…?


「ねぇ、レンー」


いつもの笑顔で俺の元へ来たマスター。
両手をグーで握って待ち構えていた。


「なに」


歌を歌ってる最中に部屋に入ってきたから、歌を中断されて、少しだけ機嫌を損ねた。
そんなのもお構い無しにマスターは満面の笑顔でこう問いだした。


「右と左、どっちだ!」

「…」


目の前には差し出された二つの手の甲。
怪訝そうに、彼女を見た。


「なに、急に…」

「いいからいいから!早く選んでよ!」


ここまで来たら付き合うのが俺のモットー…だと思う。
半信半疑で、マスターの表情を伺いながらゆっくり右の手へと指を差し伸べた。


「ぇ…」

「………。」


小さく残念そうな声色が聞こえた。
…それじゃあ選ばせてる意味ないから。


「こっち?」


仕方ないから(可愛いし)、宙を迷う指先はマスターの左手に止めた。
瞬間、ぱぁっと明るい笑顔が溢れる。

 
「正解!はいっ、プレゼント!!」


渡されたのは小さな四角い包み紙に入った…


「チョコ…?」


感触からして「いつから握ってたんだよ」と言いたくなる位、渡されたチョコは溶けていた。


「疲れた時には甘いもの!…レン、出掛けて帰ってきたら直ぐに歌の練習しちゃうから、疲れるだろうな…って」

「マスター…」


別に好きで歌ってるわけだし、マスターの為に歌うんだけど…
マスターがそうやって想ってくれていた事が無性に嬉しくて…。

ほんのり赤く染まった頬を見て、意地悪をしたくなった。
我ながら悪い好奇心だと思う…。


「…やっぱり前言撤回していい?」

「え?」


きょとんとしたその表情を覆うように、抱きしめながら言った。


「やっぱり真ん中がいいや」

「〜〜っ、」


何か言いたげだったけど、有無なんか言わせないように抱きしめた力を強くした。

かぁーっとみるみる赤くなっていく反応が、俺の理性を煽る。
そして、普段は絶対口にしない言葉を吐いてしまった。


「ますたーを食べたら疲れなんて吹っ飛ぶかも」


なんて、からかって柄にもない台詞を吐いてしまったけれど


「なっ…何言ってんの!!レンのくせにっ」

「…」
 
 
すぐ本気にするマスターが可愛くって愛しくて。
…嘘が本当になりそうだよ…。


「駄目?」


上目使いで、肩に手を回しつつ、さりげなく囁いた。
するとマスターは必死に首を降って


「駄目に決まってる!!」


って、軽く怒ってみせた。
…うわ、抑えろ、俺。
理性、理性……
 
そう 言い聞かせて、内心で必死に自分の暴走を食い止める。
…マスターを抱きしめながら。

…ふと、いい事を思い付く。


「なら俺のお願い一つ聞いてくれたら止めるよ」

「え…な、なに…」


顔を近付けて、おでこがくっつく位に顔を寄せる。
わざと耳元で低く囁いてやった。


「これからマスターの事、名前で呼んでいい?」

「………へ?」


大きい目がさらに大きくなる。


「そ、そんな事……?」

「駄目?」

「ううん!む、むしろ、呼んでほしいよ……」


ああもう、可愛すぎだろ……。
そうやって君はいつも無意識に俺を煽るんだ。

今よりもきつく、抱きしめて(でも優しく)、名前を、心を込めて彼女の名を呼んだ。


「ますたー」

「うん…」


好きだ、って言葉が喉から出そうなのを我慢して、俺は代わりに額にキスをした。


「っ」

「もう少しだけ、このままでいさせて…?」


君の肩に顔を埋めるようにして、弱く呟いた。


「……うん……」


君の返事を聞くと、目をつむって…俺は思うんだろうなぁ……











「幸せだ」ってさ…。
 
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