短編

□卒業
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1年=365日


2年=730日


3年=1095日





その期間が長いのか短いのか。
よく、僕には分からない。
高校に入ってからの3年間。
長いようで、短かった。
時間って不思議なものだと思う。
大嫌いなテストの度に「あぁ、またテストかよ」そう毒づいてみせる。
テスト1ヶ月前なんかは時間が酷くゆっくりと苦痛なものに感じられる。
なのに友人達と過ごす時間なんかは、あっという間に過ぎていく。


カタン、カタン………。


心地いい振動と共にバスが再び動き出す。
それに身体を任せ、けれども視線だけは斜め前の貴方に向ける。
このバスに乗って高校に通うのはこれが最後だというのにも関わらず、特に思い入れもないのか、相変わらず視線は手元の本へと向けられている。
そう、これが最後なんだ。
高校を卒業すれば僕はこの寒い北国を出て都会へと向かう。
だからもうバスに乗って読書する貴方を見ることは無いのだろう。


ポーン、という軽快な音を立てて、次の停留所の場所へと文字が入れ替わる。
『次は〜。次は〜』
聞き慣れたバスの運転手さんの声が響く。
ピンポーン………。
いつもと同じタイミングで鳴る押しボタンの音。
僕が降りる場所では無いけれど、ここの近くには別の高校があるために沢山の高校生が降りていく。
その中にも、卒業生は居るんだろうか?
その人達はもうこのバスにあの制服で乗ることはなくなり、新しい新入生が入ってくる。
見慣れた彼らの顔も、新しいものに入れ替わるんだろう。
こうやって今まで築かれていた僕の日常が壊れていく。
静かに音を立てて。
そして明日からは、それはまた新しく1から築き上げられていくんだ。
例え、それをどんなに望んでいなかったとしても。
バスの中から、バス停に未だ留まる数名の生徒達を見下ろした。
眉は寄せられ、悲しげに目を細めている。
それは3年間馴染んだバスという名の日常の欠片を惜しんでいるようで、また別の何かに想いを馳せているようにも見えた。


「昭人、行こうぜ」
「……………………………あぁ」


彼は友人の言葉に頷き、バスに背を向けてゆっくりと歩き出した。
バスも再び動き出す。


ぐすっ……………ひっく、、、


バスの振動音に混じり、僕の斜め後ろから小さな泣き声が聞こえる。
必死に耐えようとするも、堪えきれずに涙が溢れた、といった感じだった。
小さな身体を震わせ、涙で目元を赤くした少年はまるで小動物のようだった。


「泣くなよ。おい、泣くなってば」
「だって柚子君、、、今日で最後なんだよ?明日からはもう、さよならなんだよ?」


声を押し殺して泣き続ける彼を、隣の少年が慌てて拭ってやる。
今日で最後ということは恐らくこの二人も高校生なんだろう。


「時間が、止まっちゃえばいいのにね。そしたらずっと、友達とも別れずにみんな一緒なのにね」


切なげに、涙声で相変わらず小動物のような彼は言った。
けれども時間が止まるなんてことは起こらない。
バスは予定通りの時間で次のバス停へと到着した。
泣いている小動物のような少年を、もう一人の少年が引きずるようにしてバスから降りていく。
そしてバスは再び動き出した。
学生が立て続けに降りたからか、バスに残ったのは相も変わらず読書を続ける彼と僕だけになってしまった。
これもいつも通り。
違うのはきっと、僕の気持ちぐらいなものだろう。


初めてこのバスに乗ったのは高校1年生の時だった。
学生で溢れかえる様子にため息を着きつつ座った席の隣の人が彼だった。
会話は一切無かった。
なのに胸が痛むのは、おそらく一目惚れだったからだろう。
彼に会うまで一目惚れという言葉すらも知らなかった。


高校生になって、いろんな事を覚えた。
いろんな思い出を作った。
エピソードを語れば、切りの無いほどだ。
僕が降りる目的地を告げる運転手さんのアナウンスが流れ、数秒躊躇ってから僕は押しボタンを押した。
ほどなくしてバスはゆっくりと停車した。


後ろ髪を引かれる思いで、僕はバスを降りる。
散々見てきた他の学生のように、気がつけば僕も停留所からバスを見上げていた。
それはきっと、始めに見た卒業生のこと同じ表情をしているんだろう。
最後なんだからしっかりと目に焼き付けようと、僕は停留所から彼の姿を探す。
彼は珍しく本から顔を上げていた。
心なしか、お互いの視線が合う。
彼の細くて長い指が、寒さですっかり曇ってしまったガラスを滑る。


『3年間、ありがとう。さよなら』


気遣いなんていうものが無いから、バスの中から書かれた左右反対の文字はとても読みにくかった。
それでも僕には、最高に嬉しい言葉だった。
バスは他校である彼を乗せたまま、再び動き出した。
途端、生暖かいものが頬を伝った。
人差し指でその透明な滴を掬い上げ、舐めてみる。


「涙って本当にしょっぱいんだな………」


自分の馬鹿さ加減に僕は涙でグショグショに濡れた顔で、静かに苦笑した。









『さようなら』
(3年間温め続けた、バスの中での小さな恋物語)
 

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