短編

□罪人
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最初はそこに恋愛感情なんて存在しなかった。



金目当て。

お母さんの為。

お父さんに気に入られる為。



誰の為とかグチャグチャ下らない名目で自分を誤魔化してみる。
本当は、兄さんより上に立ちたかっただけ。
優越感を味わいたかっただけ。
所詮は全て、自分の為。
兄さんの好きな相手にちょっかいを出したくなったのだってそうだ。
俺に惚れさせたかった。
何か一つでも兄さんに勝った証が欲しかった。
だから、
そいつに逆に俺が惚れるなんて思いもしなかった。


兄さんは言った。


「どうして、どうして僕から全てを奪うの?もうあなたの欲しい物は手に入ったでしょう………。僕にはもう龍騎しか居ないの。お願いだから、僕から龍騎(リュウキ)だけは奪わないでよ……」


あんたから全てを奪う?
欲しい物は手に入った?
あんたにはもう龍騎さんしか居ない?
馬鹿じゃねぇの。
馬鹿じゃねぇの?
あんたが周りを見ていないだけ。
クラスメイトは俺に媚びてるだけで、どこかよそよそしい態度。
お父さんは血の繋がってるあんたを一番信用してる。
お母さんは俺をお飾りかなんかだと思ってる。
俺の実の兄貴もあんたに惚れてる。
それに、、


それに、、、、


龍騎さんだってあんたに惚れてるよ。
奪うもなにも、最初から全部あんたの手の内にあんだろ。
欲しい物は手に入らない。
俺が欲しいのは、龍騎さんだけ。
だから、全てを持ってる兄さんに対する嫌がらせぐらいは多目に見ろよ。
俺が夢見た物を全部持ってるんだから、殴られるぐらいは許される範囲じゃねぇの?
あんたの代わりにと嘘をついて龍騎さんに会っても許されるだろ?
どんなに足掻いたって龍騎さんの心はあんたのもんなんだから。


「黙れよ」


言葉を吐き捨てるようにして、目の前に居る兄さんのキレーなお顔に蹴りを入れる。


「せっかくのかわゆいお顔が台無しでちゅねー?そーんな顔で龍騎さんに会うつもりなんかよ?また、代わりに俺が行ってやるよ」


唇の端が切れて、頬が赤く腫れている兄さんを笑い飛ばす。
これでも精一杯の手加減。
ムカムカする。
兄さんなんて、居なくなればいいのに。
そしたら俺も龍騎さんに愛してもらえるかもしれないのに。
兄さんの髪を掴んで、再びその顔に蹴りを入れようとした時、何故か兄さんの身体が吹っ飛んだ。
あれ、違う。
吹っ飛んだのは、俺??
そのまま本棚を巻き込んで盛大に床と激突する俺。
落ちてきた数十冊もの本が身体に当たる。
………痛い。


「これ以上藍(ラン)に危害を加えるようなら、いくら実の弟言えども容姿はしない」
「……っの、くそ馬鹿兄貴が………っ!」


藍………兄さんの前に庇うようにして立つ兄貴。
あー、もう、やだ。
このくそ馬鹿兄貴。


「あっそ。だから?兄貴なんてどうとでも出来るし」
「そうか。じゃあ龍騎の奴はどうなんだ?」
「なんでそこで龍騎さんが出てくんだよ」
「仕方ないだろ。ずっと俺は龍騎と二人でお前と藍のやり取りを見てたんだから」


死ねよ、このくそ馬鹿兄貴。
最悪だろ。
俺、もう終わったよ。
自業自得だけど。
あー、もうやだ。
死ねよ、俺。
自己嫌悪に陥る俺に容姿のない蹴りが入る。
顔面。
……………痛ぇ。
やったのは、兄貴じゃなくて、龍騎さん。
続けて二発目。
短い髪を乱暴に掴まれて、もう一度顔面に蹴り。
龍騎さんからすれば、兄さんに俺がしたことをやっただけ。
でもな、威力が圧倒的に違うだろ…。
口のなかは血の味しかしない。
鼻血も出ててみっともないな、俺。
しかも本棚へと何度となく打ち付けられた背中も痛い。


「お前も痛いかもしれないが、お前のせいで藍はお前の100倍は痛かったんだ」


馬鹿兄貴。
んじゃあ俺は10000倍だろ。
初恋の相手に恨まれて殴られるとか、痛いんだぜ、これ。
俺の心が。


「何とか言えよ!藍に謝れ!!」
「兄さん、綾(リン)が可哀想だよ、もう止めてよ……。僕は、もういいから」
「だけどな、藍……」
「いいの!」


止めろよ。
聞きたくない。


「俺は藍を傷付けたコイツを許せない」
「龍騎まで……」


止めろ。
止めてくれよ。
聞きたくない。


「俺は藍が好きだから、藍を傷付ける奴は許さない」


あー、もうこれ、何の罰ゲーム?
もう、やだ。


「僕も龍騎が好き。龍騎が居れば何も要らない。そのくらい好き。だから龍騎も僕が好きって分かって嬉しい。それだけで充分だ。だから、許してあげてよ、綾を」
「でもな、藍。こんな自分の兄弟が好きな相手をふざけて誘惑するような人間に情けを掛ける必要はないと思わないのかっ!?」


なんで、どうして、ふざけて誘惑?したことないよ、なんでだよ、どうしてだよ、なんでアンタがそれを言うんだ。
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