短編

□さよなら、キヨちゃん
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11月2日




「さよなら、キヨちゃん」




その言葉を残して、彼は、僕の愛した人は、僕を置いて逝きました。


















僕の愛した人こと、仲家 蛍(ナカイエ ホタル)と出会ったのは、おそらく昨年の7月半ば頃。
とても蒸し暑い日だったと、僕は記憶しています。
僕と蛍は、当時はまだ、入学したばかりの一年生でありました。
何の学校かといいますと、生物を中心に取り扱っている二年制の専門学校。
なので、クラスの違う僕達が二年間という短い期間の中で知り合えたのは、神様が巡り合わせてくださったのだ、と称しても過言ではないはずです。
先ほども申し上げましたが、僕と蛍が出会ったのは7月の半ば頃。
ホタルの生態調査に出掛けた、その河原で彼と僕は出会ったのです。
美しい光の線を描いてゆくホタルの中心で、それを至極楽しそうに嬉しそうに見つめる青年は、まさに幻想的でありました。
その青年こそが、仲家 蛍だったのです。


「君、名前は?」


彼の姿に見とれていた僕は、不意に掛けられた言葉に何も答えることができませんでした。
おそらく、今思えば、幻想の世界から飛び出してきた彼に緊張していたのかもしれません。
そんな僕に気を悪くさせるわけでもなく、彼は言葉を続けました。


「俺はね、仲家 蛍。蛍ってゆーんだ。だからね、おんなじ名前の蛍に親近感感じちゃって、そんで蛍の観察チームに入ったんだよ。君は?」


確か、その時には確固とした目的があってホタルの生態調査・観察を主に担当するチームに入ったのですが、生憎、当時何を僕は答えたのか。
それを一切、僕は覚えていないのです。


ですが、その回答を彼は思いの外気に入ったらしく、そこから彼と僕との不思議な関係が始まったのです。




それからというもの、休み時間や放課後を向かえる度に彼は遠く離れた僕のクラスまでやってきました。
それを面倒くさいと思う気持ちも多少はあったものの、毎日楽しそうに笑う彼の表情が、あの夜の幻想的な光景を思い出させて、僕はどうしても嫌がるということが出来ずにいたのです。
なので、僕と蛍は他に例を見ない程の仲のよい気の合う友人と、周りには認識されていました。
そうして迎えた、11月2日の帰り道。
ロマンチックなんてものの欠片も持ち合わせていなかった彼は、何のムードもなく、唐突に僕にこう言ったのです。


「なぁ、キヨちゃん。俺と付き合わない?」


もちろん、そんな彼に告白をされた僕自身もムードやロマンチックなんて洒落たものは持ち合わせていなかったので、互いに目を合わせぬまま、いつものなんでもない会話のように、サラッと「そうだね」なんて返したのです。
それに対して彼は、何分も何分も黙りをした挙げ句、別れ際になってようやく、頬を真っ赤に染めて、小さく小さく呟いたのです。




「ありがとう。」、と。





この世の厳しさを理解していなかった僕達は、心の真ん中に小さく灯った幸せとやらに、ただただ浸っていたのです。
その丁度一年後、自分達の身に何が起こるのかも知らずに。

















それから半年ほど経過した、7月頃。
ちょうど僕達が出会ってから、既に1年が経過しようとしていました。
あの告白からは、半年くらいでしょうか?
僕達は半年という期間を通じて、もはや、俗にいう切っても切れない関係とやらになっていたのだと思います。
にも関わらず、彼はある日、唐突に僕に告げたのです。


「俺、死ぬかもしれない」


詳しくは本人さえも理解していないらしく分かりませんでしたが、取り敢えず彼は、大病を患っているそうなのです。
貧血で倒れ、病院に連れていかれて検査を受け、そうして今回の病が偶然にも発見されたそうなのです。
しかし、彼の居ない所で彼の家族に病状を聞いてみたところ、ボロボロと涙を溢しながら、末期なのだと告げられました。
既に治りようがない。
あとは、ただただ死を待つのみ。
医者はもうお手上げ状態で、もって残り半年。
なので家族の強い希望もあり、自宅療養となっている、と。
もちろん、あと半年の命だという事実は、彼は知りません。
その時、僕は残りの半年間、できるだけ彼と共にあろうと心を決めました。



それから毎日のように、僕は蛍の元へと向かいました。
初めのうちは暇そうに家の中をあちこち歩き回っていた彼ですが、自宅療養から2ヶ月が経過したころ、ほとんどが布団に居るようになりました。
それから更に2ヶ月が経過すると、既に起き上がるのさえ一苦労な身体に。



そんなある日のこと、彼は僕に写真を撮ろうと言い出しました。
撮影係を自分の姉に頼むと、彼は動かない身体を必死で動かし、僕の肩に手を回し、笑顔を浮かべていました。
それを、計六枚ほど。
自分の分の三枚の写真を大切そうに優しく触れた彼は、酷く幸せそうな表情をしていました。
すっかり遅くなってしまったその帰り道、突然僕の携帯電話が鳴り出しました。
もしかしてと思い、慌てて携帯を開くと、それはメールでした。


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Date 11/2 21:32
_________
From 蛍
_________
Sud 
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只今、うちの蛍が息を引き取りました。
清春君が帰った後、蛍が不意に寂しそうな表情を浮かべて「キヨちゃんはどこ?」と聞いてきたのです。
もしかしたら、自分の死期を予想していたのかもしれません。
その五分後に、急に状態が変化し、なすすべもなく息を引き取ったのです。
最後の言葉は、私に当てたものでも主人に当てたものでも、ましてや姉に当てたものでもなく、蛍はあなたに、「さよなら、キヨちゃん」と言い残して息を引き取りました。
今まで、蛍と居てくれてありがとう。
蛍は、本当に幸せ者でした。

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メールを見た後に残ったのは、一抹の寂しさと虚無感でした。
大好きな大好きな、愛してる蛍が死んだ日。
それは、初雪が降った11月2日のことでした。


















「これが、最後の日記か」
「…………そうみたいですね。まぁ、続いていたにせよ、血液が付着していて読めませんが」


現場担当の警官二人が、そう呟く。
その二人の立つビルの下には、ちょうど人一人分くらいの人形が白い線で縁取られていて、その頭上部分には大量の血液が広がっている。
二人が手にしている日記は、このビルから飛び降りた青年の懐に入っていたものだった。


「………せめて、この蛍君とやらに会えるといいですね、彼」
「だな」


二人の警官は、そう呟いたのだった。

空を見上げると、そこには楽しそうに笑い合う二人の青年が見えたような気がした。











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分かりにくいと思ったので、一応捕捉をしておきます。
このお話は、冒涜から既に主人公と蛍は死んでいます。
飛び降り自殺をした主人公の日記を、ひたすら現場を担当した警察官が読んでいるだけのものです。
なんかひたすら暗くてすみません。
確か、見た夢を綴っただけなので読みにくかったかと思います
かなり昔に書いた文だったので、かなり懐かしいです。
 

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