短編

□感情
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元々天パなのか、それとも単純にぼさぼさなだけなのかよく分からない跳ねた黒髪に、澄んだ大きめでタレ目がちの黒い瞳。
小さな桃色の唇に、柔らかそうな頬。
そして極めつけの雪のように白い肌!
…………ようするに何が言いたいのかと言うと、この変態は超絶美形だったんだよ(しかも可愛い系!)。
このままじゃあ僕の全生徒ハーレム計画が台無しになっちゃう!
生徒達に人気がなきゃ生徒会長にはなれないし、なにより生徒会に入らなきゃ稔ちゃんとラブラブイチャイチャできる時間が減る!
そう考えた僕は、取り敢えずこの変態を味方に付けることにしてみた。


「おい、彩月野」
「ふにゃ?あ、小悪魔かわいこちゃんだー!臣になんか用?あ、恋愛相談?この腐男子、彩月野 臣に任せなさいっ!」
「違うに決まってんじゃん」
「…………にゃーんだ。萌えイベントじゃないんだ…………。じゃあかわいこちゃん、臣に何の用なのかな?」
「あ、あのさ!」
「なに?」
「僕と友達になれよ」


数分の沈黙………って長すぎでしょ!
早く答えてよ、もう。
そう心の中で毒づいた瞬間、何故か瞳をウルウルとさせた彩月野に抱きつかれた。


「なる!なるなる、なるにょー!間近で萌えをゲッドだぜぇーぃ★」


…………といった感じで、もう色々な段階を沢山すっ飛ばして、僕と彩月野は友達になった。
それでもやっぱり表面上だけの付き合いに過ぎず、僕と彩月野が話すことはロクになかった。
ただ、彩月野にとってはそうじゃないみたいで、時々相手から目を輝かせて話しかけてくる。
……………やっぱりウザかった。
それなのに夏の部屋替え。
僕と彩月野は、奇跡的に同室だった。
あぁ、もう最悪。



************




そんなことが続いたある日。
僕は、偶然見てしまったんだ。


「好きです、センパイ」
「………………っ、てめぇ!」


放課後の科学準備室。
遅れたレポート提出をしに来た僕の眼前に広がった光景。
それは大好きな稔ちゃんが、先輩教師相手に珍しく敬語を使って、乱暴にキスをしている、というものだった。
夢になれ。
これは夢だ。
何度も自分に言い聞かせた。
それでも駄目だった。
胸が、まるで鷲掴みでもされたかのように苦しくなって、僕は耐えるのを止めた。
レポートをその場に投げ出して部屋に逃げ帰った。
自分の部屋に入るのすらも億劫で、共同スペースであるリビングの隅っこで、膝を抱えて泣いた。


「ど、どうしたの!?何かあったの?蓮樹君」


どのくらいの間、泣いていたのだろう。
気がつけば彩月野が部屋に帰ってきていて、心配そうな表情で僕を覗きこんでいた。


「…………何でもない」
「何でもないわけないじゃないか!」
「何でもないって言ってんだろ!!」


完璧八つ当たり状態で、僕は彩月野を怒鳴り付けた。
すると相手は顔を歪ませて、小走りで自室へと消えた。
やっぱり流石のあいつでも傷付いちゃったかな?
そう考えていると、何故か彩月野が分厚いファイルを片手に戻ってきた。
そしてそのファイルを僕の前で広げると、真剣な表情でファイルを捲り始める。
……………何してんの?こいつ。


「大丈夫だよ、蓮樹君。今、臣が対処法探してあげるから。これ、臣の姉さんが作ってくれたファイルなんだけどさ?これに載ってないことは何もないんだ。だから、大丈夫だよ」


一切抑揚のない、まるで感情のない人形のような喋り方で彩月野は言った。
その表情すらも、いつの間にか能面のように変わっていた。


「大丈夫だよ、蓮樹君。姉さんが言ってたんだ。だから大丈夫だよ」


彩月野は、大丈夫大丈夫と言いながら、尚もページを捲っていく。
それはまるで、自分に言い聞かせているようにも見えた。
いくらページを捲っても、彩月野の言う『対処法』とやらは見つからず、いくら分厚いといっても所詮は限りある物。
ファイルを捲り終えた彩月野は「可笑しいな………あれ?可笑しいな……」と呟きつつ、もう一度初めからページを捲ろうとする。
僕はその腕を押さえると、幾分か小さい彩月野の身体を抱き締めた。
いつの間にか、涙は止まっていた。


「彩月野、もういいよ」
「…………困るよ、蓮樹君。臣は、抱き締められた時の対処法が分からないや。姉さんが作ってくれたファイルで調べなきゃ……………」
「調べなくていいよ。ただ、僕がこうしたかっただけだから」
「分からないよ。臣には、分からないよ。悲しいって何?苦しいって何?辛いって何?泣きたいって何?」
「彩月野…」
「姉さんのファイルには、書いてなかったよ。あのファイルね?姉さんが入学前にくれたんだ。『腐男子育成マニュアル』だって」
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