短編

□雨を連れゆく
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君のふさいだ瞼が冷えてゆく。
こぼれた土に覆われて。
君の心が抜けた空蝉は花へと還る。
ここが君のたどりついた場所。
ここが僕の歩き出す場所。
君を失った僕には、その夢を叶えるくらいしか意味を持てない。
だから見ててよ、空良。
未来という名の道は果てなく続き、か細い夢を繋いでゆく。
その道となっているのは、僕の夢で命を落とした仲間達。
自分の姉を殺した奴らに復讐せるためなんて馬鹿なことを僕が願ったせい。
僕はそっと草の上に横たわった。
身体いっぱいに広がる、君の匂い。
君の感触。
周りの景色を見渡せば、今の僕の荒んだ心とは裏腹に美しい草原が広がっている。
君と何度となく訪れた場所。


「忘れるもんか……」


小さく僕は呟いた。
そうだ、忘れるもんか。
君と見た景色を。
君と過ごした日々を。
愛しい君の事を。



****************



「君が陽雄君かァ。あの、駄目な犬のご主人サマ?」
「つっ」
「そして、紀井 優子の弟なんだってね?」


冷静にしなきゃ、駄目だと思った。
せっかく二人を殺した相手をこの草原に呼びつけたんだから。
君の面影があるこの場所なら、姉さんを、そして君を殺した相手を冷静に殺せると思った。
でも、駄目だった。
目にはありありと、あの日の冷たくなった君の姿が浮かんでくる。
空良と姉さんの名前を出された時、僕の理性は吹っ飛んだ。
僕は考えなしに相手に殴りかかった。
殺気まるだしのワンパターンなそれは、いとも簡単に避けられてしまう。
怒りに身を任せて単調的な攻撃を繰り出す僕とは違って、相手はそれを全て避けた上で、フェイントを混ぜて攻撃をしてくる。
目元がざっくりと切れて、目に血が入って視界が霞んで真っ赤に見える。


「ほらほらぁっ!」
「っあああ!!!」


楽しそうに僕に蹴りを入れる相手の姿と、苦痛な叫び声をあげる僕。
不様だな。
君もこんな感じだったのかな?空良。


「ねぇ、もう諦めちゃったの?」


そうつまらなさそうに訊ねてくる相手に僕は荒く息を繰り返すだけで何も言わなかった。
否、言えなかった。
息が苦しくて、呼吸をするのが精一杯だ。

「つまんないよ、君。それなら星野 空良の方が楽しかったな。最後の最後、本当に息絶えるまであいつは僕に刃向かってきたのに。つまんない」


空良が?
あの泣き虫の空良が?
嘘だ。
空良にそんな勇気がある筈ないよ。
だって空良はいつだって泣いてばかりで、、、、、
そこまで言って、僕は空良が死ぬ数週間前の出来事を思い出した。


僕が、
空良が、
別れを告げた日。
別れを告げて、恋人をやめた日。
君の恋人である『紀井 陽雄』をやめた日。
君が僕の恋人である『星野 空良』をやめた日。




そして、
僕が姉さんを殺した相手に復讐する『紀井 陽雄』になった日。
君が僕に服従する家来の『星野 空良』になった日。





その時、君が泣くと僕は思ってた。
いつもみたいに泣くんだと思ってた。
なのに君は泣くことをやめてしまった。


「わかったよ。紀井 陽雄のために、俺、星野 空良は命を捨ててやる」


そう言って笑ったあの日。
それが現実になるなんて、思ってもみなかったけど。
姉さんが死んだあの日から、随分と遠くまで来た。
姉さんを殺した相手を必死に探して、ようやく突き止めた。
道がもう一度重なった。
その道を繋いでくれたのは空良。
だから俺は、まだ負けられない。


「まだっ……、まだ、だよ」


刀を地面に突き刺して、それを支えにするように立ち上がる。
負け
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