短編

□すべてが終わってしまう前に
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何をどうすればいいのか。
何をどうしたいのか。
もうそれすら僕は分からなくなった。
久しぶりの輝石と二人きりの生徒会室。
沈黙だけが僕らを優しく包み込んでいた。


「別に僕の側に居てくれなくてもいいよ?君はいつも通りにあの転校生君を追いかけてばいいだろ」


君の何気ない言葉が胸に刺さる。
でもきっと輝石はもっと辛かったから。
恋人である僕に裏切られた輝石は、もっと………


「それとも僕に気を使ってる?気にしなくてもいいよ。僕は生徒会補佐として責任を持って、“いつも通り”副会長である君や皆がサボった仕事を片付けておくとするから」
「輝石………ごめん」
「今更なんなわけ?僕を裏切ったくせしてさ」
「ごめん」
「謝るなよ………っ!まるで僕が可哀想みたいじゃないか。僕は別にいつもと変わらない。可哀想なのは君だよ、陽平。変わってしまったのは君だ。君が出ていかないと言うなら僕が出ていくよ」


輝石にしては珍しく声を荒げて怒鳴ると、そのまま本当に生徒会室を出ていったしまった。


「ごめん、本当にごめん、輝石……」


一人残ってしまった生徒会室で僕は小さく呟いた。
誰にも届くことのない懺悔。
こんなにも彼を愛してるのは僕だけなのだろうか?
君を想って、こんなにも胸を痛めているのは………僕だけ?
なんで愛は戻らないんだろう?
飲み物と同じだ。
一度床に溢してしまえば、どんなに懸命に掻き集めたとしても砂が混じって飲めたもんじゃない。
だから僕らのこの関係も、余計な醜くて汚い感情が混じってしまって、もう二度と戻れはしない。
もうあの頃に戻れはしないのだったら聞いてもいい?輝石。



ーあの頃の君は幸せでしたか?



なんて君に本当に聞ける力さえあったなら、僕らはもっと自然な関係でいられたんでしょうか?















輝石side


久しぶりの陽平と二人きりの生徒会室。
沈黙だけが僕らを残酷なまでに優しく包み込む。
でもそんな沈黙に逆に耐えられなくなった僕は、陽平に声をかけた。


「別に僕の側に居てくれなくてもいいよ?君はいつも通りにあの転校生君を追いかけてばいいだろ」


何気ない言葉に見せかけた精一杯の言葉。
君の端正な顔が微かに歪む。
自分の表情を誤魔化すのが得意な君だけど、さすがに5年間君の恋人をやってきた僕までは騙されないから。
傷付いたんだろ?
でも恋人である君に裏切られた僕は、もっと苦しかった。
だからこの位じゃ、許してやらない。


「それとも僕に気を使ってる?気にしなくてもいいよ。僕は生徒会補佐として責任を持って、“いつも通り”副会長である君や皆がサボった仕事を片付けておくとするから」
「輝石………ごめん」
「今更なんなわけ?僕を裏切ったくせしてさ」
「ごめん」
「謝るなよ………っ!まるで僕が可哀想みたいじゃないか。僕は別にいつもと変わらない。可哀想なのは君だよ、陽平。変わってしまったのは君だ。君が出ていかないと言うなら僕が出ていくよ」


謝るなよ。
そんな事を望んでなんかないから。
僕は声を荒げて怒鳴ると、そのまま生徒会室を出て行った。


どうしてだよ、陽平。
こんなにも君を愛してるのは僕だけなのか?
君を想って、こんなにも胸を痛めてるのは………僕だけ?
あんな転校生の方が僕より大切なのかよ?
…………なんてな。
陽平はそういう奴じゃない。
だからきっと一時的なものだ。
すぐに僕の元に戻ってくる。
でも、もうあの頃の僕らには絶対に戻れやしないから。
だから今度は僕が突き放してやるよ。

陽平、君の


冷静で客観的、でも冷たく突き放したりはできない所が好きだった。
僕だけが浮かばせることのできる、子供みたいな笑みが好きだった。
君の全部が、好きだった。


さよなら、陽平。
君を、愛してた。

















陽平side



輝石が残していった書類を全部片付けた僕は、何もする気が起きなくて自室のソファーに横になっていた。
その時、


『〜♪〜♪』


僕のケータイが鳴った。
ディスプレイに映っていた名前は『輝石』。
ついにこの時が来たのか、、、
僕は震える手を押さえつけながら、通信ボタンを押した。


「輝石……?」
『陽平か。話があるんだ。今、時間あるか?』
「……………あるよ」


本当はある、なんて言いたくなかった。
ないよ、だから無理だ。
輝石と話なんか出来ないって言いたかった。
そう言おうと思った。
なのに。


“もう輝石を解放してあげてください。原因を作ったのは君です。もう、良いでしょう?”


そんな自分の声が聞こえてきて、何故かいいよ、だなんて言ってた。
勝手に口が動いて、まるで録音したテープを再生したような感覚で声が響いてきた。


『じゃあ今すぐ屋上にきてくれ。僕、待ってるから』
「うん」


そこで電話は切れた。
僕は部屋を出て、屋上に向かった。
エレベーターは使わない。
階段を一歩一歩、重々しい足取りで登っていく。
その度に浮かんでくるのは、

輝石と過ごした思い出ばかりで、






春、同じクラスの隣の席になったのがキッカケだった


他人と喧嘩したのは、君が初めてだった


一緒に買い物にも行って、金銭感覚に疎いって怒られた


夏に海に行った
君は泳ぐのが上手かったね


それから、花火もした
線香花火なんて初めてやった


秋は紅葉狩りをした
料理は下手なんだな、と馬鹿にされた


冬は雪合戦をした
君に勝った時は嬉しかった


鎌倉や雪だるまも作った
鎌倉は途中で崩れてきて、二人して埋まった
雪だるまには陽輝(ヨウキ)って名前を付けた



楽しかった
幸せだった


あの時間は、もう二度と訪れないんだと実感する
僕は屋上の扉を開けた。
その先には、輝石が待っていた。
輝石がゆっくりと口を開いた。




もうすぐ全てが終わってしまう。
それなら、
そう全てが終わってしまう前に、
聞いてもいいかな?
僕はどう変わればいい?




「陽平、」




輝石、教えて。
そう聞こうとした。
でも、僕には無理だった。
だって、僕は本当は分かってるから。



もしもその問いの答えが聞けても、
僕はー…



僕は、変わることなんてできないだろうから。





「陽平、あのな?陽平、」





君の形の良い唇が言葉を静かに紡ぐ。


陽平、〇〇〇〇〇。






冷たいものが僕の頬をゆっくりと伝った。
まだ冷たい春の風だけが、



残酷なまでに



優しく僕を包み込みました。









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