短編

□何よりも大切な君
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「理貴ーっ!」


聞き慣れたその声に、二階廊下を歩いていた理貴はゆっくりと振り向いた。
案の定そこには、幼なじみの類の駆けてくる姿があって、理貴は頬が緩むのを感じた。
類は理貴の側まで駆け寄ってきて、そのまま抱きついた。
いくら類が小柄とはいえ、高校男子。
その重さに耐えきれず、理貴は固い床へと尻餅をついた。


「痛いよ、類」
「へへっ、ごめん。立ちなよ、理貴」
「ん」


差し出された類の手を素直に掴んで立ち上がると、理貴は自分より幾らか小さい目の前の少年の頭に、優しく右手を置いた。
そのまま頭を撫でると、類も気持ち良さそうに目を閉じる。


「理貴……。僕、決めたんだ」
「何を?」
「『二兎を追うものは一兎も得ず』。だから僕は流砂じゃなくて理貴を選んだんだ」
「馬鹿じゃないのか」
「え?理貴??」
「何度でも言うよ。馬鹿じゃないのか?」


理貴は類の頭から手を下ろすと、先ほどとは打ってかわって冷たい目を向ける。
類は何かの間違いだよね?
そう呟いて理貴へと手を伸ばすが、その手はあっさりと振り払われる。
空手をやっていて力が強い理貴に振り払われたためか、類はよろけてその場に座り込んだ。


「理貴、何で……?」
「俺に触るな」


今度は振り向きもしないまま、吐き捨てるように言い放って、理貴はその場から立ち去った。
廊下には、一人残った類の悲痛な泣き声だけが響いていた。




***************




トントンとの軽く自室のドアを叩く音がした。
今はそんなのに気にかけている余裕はなく、理貴はそれを無視するとベッドの上で体育座りをして膝に顔を埋めたまま、壁に寄りかかった。
しばらくすると、自分が開けたわけでもないのにドアの乾いたような開く音がした。
となると来客者はかなり絞られてきて、マスターキーを持つ寮長もしくは生徒会に風紀委員。
そして理事長とー…。


「おい、山瀬」


理貴はゆっくりと顔を上げると、虚ろな目で来客者を見つめた。
何度も染められて傷んだ金髪に、榛色の瞳。
類と同じ容姿のはずなのに、人懐っこい類と比べ人見知りなせいか、どこかキツい印象を与える流砂の雰囲気が何故か今日だけは心地良い。


「今日は理貴って呼んでくれないのか」
「当たり前だ。裏切り者を親しく呼ぶ程僕はお人好しじゃないからね」
「裏切り者……か」
「そうだろ?だって山瀬は知ってたんでしょ。僕が恋愛感情として類を好きだったってこと。なのにお前は類を僕から取った。お前なら、協力してくれるって信じてたのに」
「そうなんだ?俺をそんなに信用してくれていただなんて初耳だよ。そういえば恋愛感情といえば山瀬 理貴は流砂っていう幼なじみが十年前から好きだったって知ってた?」


もう半ばやけくそになってそう聞き返した理貴の言葉に、流砂は目を見開いた。
今まで知らなかったのか。
あんなに自分は流砂だけを見てきたのに。
君だけを見て、欲して、生きてきたのに。


「それでも俺は流砂が幸せならそれでいいって思ったよ。だから自分なりに協力したつもりだったさ」
「ならなんで、あんなことを類に言ったんだよ…」
「類なら、流砂を選ぶか。もしくは現状維持を選ぶと思った。あわよくば、類が現状維持を選んでこのままで居たいと思った。でも俺は流砂に協力したっていう形が欲しかった。いくら流砂に幸せになってもらいたいと思ったって所詮は綺麗事だ。思いが届かないのならせめて現状維持を、と考えてしまったって仕方ないだろ?こんな最低なパターンで最後を迎えるなんて俺だって思わなかった」
「そうなんだ…。でも理貴、僕は君を許さないから」


流砂の辛辣な言葉に、理貴の肩がビクッと跳ねた。
よく見れば身体も小刻みに震えている。
そんな理貴に近づくと、流砂は相手の胸ぐらを掴んで、自分の元へと引き寄せた。
そしてそのまま理貴の顔面をニ・三発グーで殴り付けると、思い切りその身体を抱き締めた。


「りゅ……さ?」
「理貴が現状維持を望んだように、僕も現状維持を望んでたんだ。それはっ!山瀬 理貴と友達で居たかったからだ!理貴が僕に向けている好きとは違って、友情としての好きだけれど、それでも君が好きなことには変わりはなかった!!!!!」


流砂の叫ぶように発せられた言葉に少しだけ目を見開くと、理貴は顔をくしゃりと歪ませた。


「ごめん、流砂……。ごめんね、っ、流砂」
「……」
「俺は馬鹿だからっ!空手しか能のない馬鹿だからっ!!だから、流砂を傷付けた……」
「いくら謝ったって許さないから」
「ごめんなさい、流砂。許して……。俺っ、我が儘だから流砂に嫌われたら生きていけないよ……」


鼻を啜りながら、元の整った顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、けして綺麗だとは言えない顔で、それでも嗚咽を堪えながらすがり付くようにして流砂に抱きついた。
けれど無情にも流砂はその手を払い除けると、理貴からある程度の距離を取った。


「駄目だよ、許さない。これは類の仕返しだ。思い人に拒否された類だって辛かったんだ」
「そう…だよ、な。俺だけ許されようだなんて駄目だよな。じゃあな、流砂」


理貴は無理矢理口角を上げて泣き笑いのような表情を作ると、再び膝に顔を埋めてしまった。
僕は何がしたかったんだろうか?
大切な幼なじみであり、友人である理貴を泣かせて。
でも類のことを考えれば、
理貴が類にしたことを考えれば、、、


「言い訳にしかなんねぇよな」


理貴が類に何をしようが、自分が理貴を傷つけていいわけじゃない。
流砂は苛々したように右手で頭を掻きむしると、理貴の部屋のドアを乱暴に閉めた。



*********



流砂が部屋に戻ると、そこにはまだ泣いている類の姿があった。
その類を流砂は後ろから優しく包み込むようにして抱き締める。


「類、僕ね?理貴に会ってきたよ」
「……」
「理貴、泣いてたよ。類にあんなことを言ったのを後悔してた」
「……嘘だ」
「嘘じゃない。理貴の部屋で待ってるって言ってたよ、類を」
「本当に!?」


類は驚いたような表情で流砂の方へと振り返ると、もう一度聞き返した。
それに対して「本当だよ」と耳元で囁いてやれば、一分・一秒でも惜しいというように真っ先に部屋から出ていった。
一人部屋に残った流砂は右ポケットに手を突っ込むと、黒とシルバーのデザインの薄型携帯を取り出した。
そして着信履歴を呼び出して、一番上にある名前に電話を掛けた。


『はい』


電話に出たその声はまだくぐもっていて、また泣いていたのだと容易に想像ができる。


「理貴か?」
『そうだけど』
「許す最後のチャンスをあげるよ。お前が待ってるって言って類を行かせた。類を、幸せにしてあげて」
『流砂は類が好きで、俺は流砂を好きなのに?』
「それでもだよ。僕は類に幸せになってもらいたい。それが僕の幸せだよ。じゃあ頼んだよ、理貴」


理貴はまだ何かを言おうとしたが、流砂はその返事も聞かずに電話を切った。
そしてその場にしゃがみこむと、携帯を思い切り握り締めた。
全てが終わると、気が抜けたようにもう自分の涙を抑えるものは何もなくて、止めどなく涙が流れた。
それは、誰を思って流した涙だったんだろうか。
流砂は一人、自分に問いかけた。


***********


「入るよ?理貴」


静まり返った部屋に、類の声が響く。
行かなきゃ。
理貴は震える自分の足を殴り付けて、ゆっくりと立ち上がった。


「いらっしゃい、類」


なるべくキチンとした笑顔に見えるように、理貴は口角を吊り上げた。
そんな理貴の表情を見た類の顔が段々と青ざめていって、口を何度か開けたり閉めたりをした。


「どうしたの、その顔!?鏡っ!鏡見てみなよ!!」


そう叫ぶようにして突き立てられた鏡を見て、初めて理貴は自分が怪我をしている事に気づいた。
多分流砂に殴られた時にどこかにぶつけた衝撃で切れたのだろう。
瞼がぱっくりと切れて、そこから流れた血が目に入って赤く染まっていた。


「あー、気にするなよ」
「気にするなって言ったって、そんな酷い怪我………。もしかして、流砂にやられたの?………僕、流砂に会ってくる」
「待って!」


部屋を出ていこうとする類の腕を取って、そのまま理貴は類を抱き締めた。


「好き。好きだよ」
「僕も、好きだよ理貴」







ー『本当に大切な君』。
そう思ったからこそ歪んだ関係。
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