短編

□追悼
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罪人・楔の続き
順番は罪人→楔→追悼




御線香の香りが部屋一体に広がる。
決して心地がいいとはいえないこの香りにも、もう大分慣れた。


「綾(リン)」
「あ、兄さん」


仏前に飾られる綾の写真から目を離して、後ろを振り向く。


「また此処に居たのか」
「うん………まぁね」
「いつまで綾の事を引きずる気だ。いい加減にしないと、身体を壊すぞ。たかだか死んだ人間の為に生きてる人間が傷付いてちゃバカらしいだろうが」
「でもね、」
「なんだ?」
「耳から離れないんだ」
「なにが」
「綾の声が。確かにあの時、綾は声には出さず口を動かしただけだって分かってるのに、なのに、何でか綾の『愛してる』って言葉が離れないんだ」


実際には発せられてないハズの声が、

言葉が、

全てが、

僕から離れようとしないんだ。


瞼を閉じれば昨日のことに思い出せる綾の最期。
心底寂しそうに笑って、
自分の胸にナイフを突き立てた光景。


「しっかりしろよ!」


兄さんが僕の肩を掴んで、思い切り前後に揺する。
首がガクガクと不安定に揺れ、正直あまりいい気分にはなれない。
真剣な表情で僕に語りかけてくる兄さんとは対照的に、僕の頭はスッキリと冴えきっている。
冷静なんだ、ようするに。


最後に感情を昂らせたのは何時だったっけ。
確か、綾が死んだときだ。


じゃあ最後な怒ったのは何時だっけ?
きっと、綾と喧嘩した時だ。


負の感情であれ何であれ、感情の起伏が大きかったのは綾と居た時だったから、綾が死んでからの僕は、きっとどこかおかしい。
感情の起伏が無くなるなんて、絶対にどこかおかしいんだ。


「しっかりしろよ藍(ラン)……。もう綾は、邪魔者は居ないんだぜ?お前の感情を乱す奴は居ないんだ。なのになんで。龍騎とも、思う存分にイチャつけるのに。なのになんで綾から離れようとしないんだよ!!」
「僕が、綾から離れない……?」
「そうだっ!アイツが死んでからずっとだ。飯とトイレと風呂以外はそこから動こうともしない。何時間もぼうっと綾の写真を眺めてるだけだ……っ。お前は何考えてるんだよ!!?」
「僕は、」


そう僕は。


「綾との思い出を思い出してただけだよ」



今日からお前の家族になる綾君だ。
お父さんに紹介された男の子。
ほら、綾。早く自己紹介しなさい。
なんて急かされながら、ようやく喋り出した、小さな小さな男の子。
「初めまして。……綾、です」
『よろしくね、綾君。兄になる藍です』




小さな小さな男の子は、ただの小さな男の子になった。
綾はあんまり喋らない。
ぼくと、あんまり喋らない。
「それでな?〜で、〜で!なっ!なっ!?凄いよな〜」
友達と楽しそうに喋る、小さな男の子。
『綾、ぼくともお喋りしようよ!』




小さな男の子は、小柄な少年になった。
見下ろしていた彼は、気が付いたら隣に居た。
皆が綾と僕に注目する。
マラソンコースをトップで走る、僕と綾。
僕はトップでゴールをした。
それから二番目にゴールした綾に近づいた。
『おめでとう、綾。毎朝の努力がようやく実ったね』





小柄な少年は、細身の青年になった。
隣にいた筈の彼に、気がついたら見下ろされていた。
有名大学の入学試験。
綾は首席合格で、僕は次席だった。
いつしか、綾に追い抜かされていた。
『おめでとう、綾。同じ大学に受かったね!』





綾の回答はいつだって一緒だった。
『アンタなんて大嫌いだ』


綾は僕のことが嫌いだった。
僕も綾のことが嫌いだった。
お互いがお互いにそうだったから、
それでいいと僕もいつしか思うようになった。
綾と仲良くすることを止めた。

で、そのあとに龍騎に会って包容力の高さに惹かれて。
惹かれて。
惹かれて…………?
最近、考えるんだ。
本当に僕は龍騎に惹かれていたのか?って。
龍騎が好きだと意識し始めたのは、思えば綾が龍騎を好きだと知ってからだった。


本当に龍騎が好きなのか。
今までは間違いなく答えられたはずの問いに、今は答えられない。
だって、僕から1位を掠め取っていった綾に勝ちたいっていう気持ちが無かったわけではないから。


「兄さん。僕ね、分からないよ」
「………何がだ?」
「想像できないんだよ」


龍騎と、これからの未来が。
幸せなはずの予想図が。


どうしたらいいんだろう。
僕は考えを固めたように、一度だけゆっくりと頷いた。






____________







「龍騎、別れよう?」


僕は久しぶりの再開に満面の笑みで駆け寄ってきた龍騎に、静かにそう告げた。
不思議なことに涙は出てこない。
悲しくもない。
寂しくもない。
虚しさもない。


「……え?悪い、藍。あー俺、なんか耳でも可笑しくなったのかな?あ、それとも頭か?ははは……」
「もう一度言って欲しい?」
「ああ」
「龍騎、別れよう」
「な、んで……?俺のこと、嫌いにでもなったか?」
「ううん。好きだよ?」
「ならどうして………!」
「好きだから……かな?」


あくまで、“好き”だってことに気付いたからです。
気付いてしまったからです。
所詮“好き”は、“愛”にはなり得ないのです。


「愛しては、いないから」










___________









龍騎と別れてから、一番先に訪れたのは綾の部屋だった場所。
別に意識したわけじゃない。
気がついたら此処に足を運んでいた。
綾のものだった椅子に座り、机と向き合う。
綾は努力家だったから、きっと毎日のようにこうしていたのだろう。
何時間も、何時間も。
ふと、僕は綾の机の引き出しを開けた。
中のものは、綾が死んでからそのままになっている。
沢山ある教科書や勉強ノートに混じって、一冊だけサイズの小さいノートを見付け、手に取ってみる。
表紙には何も書かれていない。
僕は静かにページを開いた。


『龍騎さん、迷惑かけました』


また、ページを開く。
『兄貴、父さん、母さん、さよなら』


隣のページは白紙だった。
更にページを捲る。


『藍兄さん、ごめんなさい』


思わず目を疑う。
でも確かにそれは僕に宛てた文章だった。
誰か違う人間が書いたのかな?
でも確かにそれは綾が書いた文字だった。

綾は何を考えてこの文章を遺したんだろうか?
それを考えたら何故か泣けてきて。
停止していた時間が動きだしたみたいだった。


「綾っ………綾!」


みっともなく涙を流してわんわんと喚く。
この感情は何なんだろうか。
もやもやとした感じだ。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁあ!!綾、綾!!!愛してるっ、好き………だっ」


試しに口に出してみて、無性にしっくりとした。
見つからなかった最後のパズルのピースが当てはまったように。
こんなに単純なことで、答えはすぐそばにあったのに。
何で気付かなかったんだろう。
何で気づけなかったんだろう。
随分、遠回りをした。


「ごめんね……綾」


もっと早く気付けていれば、君を失わないですんだかもしれないのに。
傷付けて傷付けて、僕が自分で壊した。



“愛してる”
君のこの言葉が耳から離れない理由(ワケ)を自分に聞いてみれば、答えは君から一番聞きたかった言葉だとわかったのです。










追悼
ー君に送る言葉は謝罪ー









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フリリクでした!
ありがとうございました
 

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