短い物語

□Is it you?
6ページ/7ページ

 
 胸に抱えた桃色の包みを、千尋はきゅっと握った。
その中にはいつものように用意したハクのためのチョコレートケーキ。


小学生の頃と同じ想いで。
渡せるかどうかもわからないチョコレートを、ただ渡したくて、それより何より会いたくて。


みのりちゃんのこともきっかけになったかもしれない。


だから今日は、久しぶりにここに来た。



でも、彼は来ない。
来られないのだ。



瞳の奥がじわりと熱くなってくる。


千尋は向きを変え、元来た道にぼんやり目をやった。




 ……帰ろう。


このままここにいると絶望に潰されてしまいそうだ。

太陽さえもういない。
暗い冷たい空にさらされて心身が冷えきってしまう前に、ここから早く、離れてしまおう。



歩き出すと、風が頬に当たった。



――生温かい、風。




千尋の体をそっとなでてトンネルへ向かって優しく流れるその空気は…。




千尋は足を止める。




 これ。この感じ…





振り返った。






しんとした空間。



誰もいないトンネルはあの時のように風を吸い込んでいる。


木の枝がからからとその暗がりの中で音を立て、
そしてその向こうに…消えた。


恐いような期待してしまうような、何とも言えない感覚に胸がざわめき始める。





 この感じ。私、知ってる…!




思った瞬間、
下からごうっと風がまき起こり千尋の体を包んだ。


思わず目をつぶる千尋。

風は一瞬のうちに温かい空気の中に全身をくるみ、しっかりと胸に抱きしめていたはずのチョコの包みがふわりと空に舞い上がる。

驚いて目をあける直前、千尋の耳がくすぐられたような気がして、

そして―――


すぐに風は収まった。
千尋は呆然とした様で地面に座り込んでいた。




 …今のは何?



特に何が起こったわけでもない。

ただ、風が吹いただけ。
季節外れの温かい風が。




「あ……」



ぼうっとトンネルを見つめる千尋。
その目の端に、真白なリボンがひらりと一瞬映り、暗いトンネルの向こうへと消えていった。


包みを飾っていたそのリボン。
ハクにあげたかったその包みは、もうすでに千尋の手を離れここに無い。


でも千尋にはもはやその行方を心配する必要はなかった。
そう、もしかしたら、ううん、もしかしたらじゃなくて
今頃はきっと、あの包みは


渡されるべき人の所まで大切に運ばれているだろうから。




 そっか…


胸がほわっと温かくなる。
まるで千尋の中で小さな小さな、でもとても綺麗な花が咲いたかのように。




そう、約束はいつもそこにあった。
見えなくて不安になったけど、本当はきっといつもそばにいたんだ。



 あなたは今、私のすぐ近くにいるのね。ハク



自然に湧きあがる微笑みをそのままに、千尋は立ちあがった。



 今はまだダメかもしれないけれどハク。
私、待ってるね。
あなたとまた会えるその時を。



学生鞄を拾い上げ、少女は晴れやかな気分でその場を後にしたのだった。


特に何が起こったわけでもない。

ただ、風が吹いただけ。
季節外れの温かくて優しい風が吹いた。


そんな2月のなんでもない素敵な日。







―――夢の中。目覚める前にいつも私を包んでくれたのは、意味ある私の名を呼ぶ優しい声でした。







〜Is it you?〜


(あなたなの?)





Fin.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ