短い物語

□Is it you?
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蓉子と別れて少しした後、千尋はあの森に来ていた。


不思議の街に続くあのトンネルのある森は、変わらず千尋の前にいつものように存在している。

昨日まではここに来る気はなかった。
期待はしていなかったはずだ。

けれど、蓉子と話していたら、来てしまった。


幼い頃の約束。
それが気になって。




久しぶりに立ったトンネルの前。
どこか不思議な空間。

でもそこには森の外と同じ、冷たい風が吹いている。


目印にもなる苔むしたおかしな石像の横に立ち、昔と同じように千尋はトンネルの向こうに目をこらした。





静かすぎる。


うるさく鳴る自分の鼓動以外に別の音が、誰かの足音が聞こえてくればいいのに、と千尋は思う。


吸い込まれそうな暗いトンネル。
ここからではその向こうは見えないけれど、そこにあるはずのこことは違う世界の存在を、千尋だけは知っている。

そしてそこに、彼がいる。



誰かが歩いてきやしないかと、小学生のころの千尋はドキドキしながらまっていた。

また会えたらどんなことを言おうかな。

500M走で1等をとった事、ハクにも聞いてもらいたいな。
ピアノの発表会の時までには帰ってこれるかな。聴いて貰いたいな。
学校で初めて作ったクッキー、ハクにも食べてもらいたいな。





夢の中では、このままこうしていると、必ず最後には人影が見えてくる。

トンネルの向こうから足音が、そして黒い人影が近づいてくるのだ。

顔は見えないのに千尋はそれが誰だかいつも分かっているのだった。



そして目覚める前、
私を優しく包んでくれるのは――――



















千尋は肩を落とした。


期待はしていなかったけれど。



やっぱり何も見えない。
聞こえない。


現実ではいつもこうだ。
初めはドキドキしてあったかかったお腹の中も、帰りには寒くてぽっかり空虚な穴を抱えて結局とぼとぼ家路につくことになって。


少しずつ諦めていた。

でも、きっと心のどこかではまだ諦められなかったはずだ。
なぜなら、誰にも男の子にはあげないとは言いながら、きっと会えないとは思っていながら、毎年バレンタインは他の友達と一緒になっていつだって必ずハク、彼にあげる分は特別に用意だけはしていたのだから。

でも、そこまでしながらいつも怖くて何もできなかったのは千尋だった。


約束はいつもそこにあった。


それでも行くたびに期待が外れてがっかりするのは、そんな思いをするのはもう嫌で。
いつのまにかハクを、あの思い出を自分から遠ざけていたのかもしれない。



ここにはしばらく来れなくなっていた。
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