短い物語
□Is it you?
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お昼休み。
頬を紅潮させた友人の様子に、お弁当のちくわをかじりかけていた千尋は目をぱちぱちさせた。
今までの話を総合するに、
どうやらこの恋に恋する愛すべき友人は…みのりちゃんは、2月のある行事のために彼女自身いわく戦慄の女の子度UP大作戦(ハート付)を決行していたらしい。
そしてその行事とはそれすなわちバレンタイン、ということらしいのだ。
強い語気に圧倒されながらも千尋はとりあえずそっか〜と相槌を打つ。
香水をつけてみたり、
何故か頻繁にお菓子を作ってきてみたり、
驚愕のダイエットを試みていたり。
これでここのところのみのりちゃんの一連の不可解な行動が理解できたわけだ。
ついに勝負をかけるようだ。
「じゃあ、みのりちゃんもチョコあげるんだ?」
「やっぱり横山君に?」
千尋の言葉に、蓉子も横から興味津津の質問をかぶせる。
「うん、横山君に。本命あげる…よ?」
自分が話題に出したくせに恥ずかしくなったのか、みのりは居心地悪そうに苺牛乳のストローに視線を落とした。
そんな友人の姿に千尋は思わず頬を緩める。
なんか可愛いみのりちゃん。
こんなに可愛いみのりちゃんからチョコレートを貰うのだ。
きっと横山君の方だって何か感じるところもあるだろう。
他人のことだけれど、何かが変わることを期待したいと思ってしまう。
しかし、いつものことながらこういった話題がみのりちゃんの話だけで終わるはずがなかった。
こんな季節のこんな話題だからこそ恋バナ大好きな女の子の性分が発揮される。
「そういえば千尋ちゃんは?」
案の定みのりが千尋に水を向けた。
「バレンタイン。誰かにあげたりしないの?」
「私?」
ほらやっぱりきた。
千尋はえへへと笑った。
「男の子にはあげる予定はないよー」
「本当にー?」
本当にだ。
みのり達と約束する友チョコは作るけれど。
「えーでもちょっとくらい誰かあげたい人もいないの?」
「あげたい人なら…」
あげたい人、ならいる。
千尋にとって、友達以外の男の子で誰かにチョコレートをあげたいと思える人がいたとしたらそれは一人しかいない。
渡せるかどうかは別として。
「いるけど、」
たじろぎつつも答える千尋に、うっそ〜!と2人は楽しそうな声をあげた。
「えっホントに?」
「えーちーちゃんそういうのいるの?いないって言ってたじゃん」
「だってこの学校の子じゃないもの。言ってもわかんないよ」
「何?じゃあ中学校の時のコ?」
「ううん。そんなんじゃなくて」
ついと横に流れた千尋の瞳に緑の木々が映る。
――6年前。
この地に越してきたばかりの荻野一家が巻き込まれた「神隠し事件」は、家の近くのあの森の中で起きた。
両親の記憶には残ってはいない出来事だが、千尋は、千尋だけは覚えている。
迷い込んだ先の不思議な世界の事。
そしてそこで出会った奇妙な住人達の事。
そして、忘れてしまってはいけなかったはずなのに忘れてしまっていた、けれどもう一度思い出す事ができた大切な少年、ハクの事。
――ハク。
できることなら彼にバレンタインのお菓子をあげたい。
あげるとしたら、彼しか考えられない。
でも…
「ずっと遠くの人だから」
千尋は笑った。
この学校じゃないどころか。
この先またあえるかどうかもわからない。
でもそんなこと、言ってもみのりちゃん達はわかんないよね。知らないし
「会えないし。だから私はバレンタインとかもいいんだ。友チョコは作るよ!」
そう言うと、ごちそうさまをして千尋はお弁当を片づけた。とはいっても、コンビニのおにぎりだからビニールを捨てるだけだったのだけれど。
「ふ〜ん、」
「そっかあ」
だから私のお話なんて聞いても楽しくないよ。
そんな空気を呼んだのか蓉子とみのりもふっとテンションが戻り、二人も千尋に続いて片づけをはじめたのだった。