短い物語
□名を継ぐ者
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暗い絶望にハクは膝をつき頭を垂れた。
『また会える?』
『きっとよ』
千尋の言葉は頭の中に今でも兒玉しているというのに。
結局、約束は果たされる事はなかったのだ。
「貴方は覚えててくれたのね。ママの事」
千早は言った。
当然ではないか。
ハクは心の中で呟いていた。
彼女がいたから自分は救われた。
『ハク!』
闇の中、名を呼んでくれた。
『貴方の名前は…コハク川』
自分を取り戻してくれた。
忘れる事など、出来るものか。
出来ないのに、
出来はしないのに、
――そんな千尋はもうこの世にいない……
「……」
そ…と顔に小さな手が触れた。
千早だ。
慰めんとしているのだろうか。
手を伸ばして少女の手に自分のそれを重ね合わせると、ハクの中に『千尋』の記憶が流れこんできた。
千尋。奥深くに眠っていた千早の母親の姿。それが次々と現れては消え、ハクの胸にしまいこまれていく。
大切な千尋の娘。
何を思って彼女がこの少女に自分と同じ千の文字を与えたのかも、先程流れこんできた思念の中に残されていた。
そして自分にかけてくれていた想いも。
――私、ハクの事、ずっとずっと待ってるわ。
何年たっても、お婆ちゃんになっても、ずっとよ?
千早の中に残されていたその想いは、龍神の心に優しい光を灯し、また同時に暗い絶望を投げ落とした。
どうしたってそんな彼女はもういないのだ。
思念を整理し終えると、ハクは立ち上がって千早を見た。
自分を見上げる深い茶色の瞳。
高い位置で一つにまとめあげた亜麻色の髪。
「そなたは、千尋に似ているね」
千早の手を握る力がほんの少しだけ、強くなる。
見れば見るほどに千早はあの頃の『彼女』にそっくりだった。
まるで写し身。
それに、
ハクが間違えたのも無理はない。
彼女と千尋とは根元の魂までもがひどく似ていたのだから。
……いや、違う
微かな疑念がよぎる。
――元々、彼女と少女は『同じ魂』だったのではないか?
―――だとしたら…………
ハクの瞳が暗く陰った。