短い物語

□名を継ぐ者
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―――ママが死んだ。






人が一人いなくなった。
それだけで少女の取り巻く空気はがらりと一変した。


それなのに、
呆気ない程早く葬儀は終わり、時はどんどん過ぎていった。


周りの人々は殆ど変わりのない生活の流れに身を置いている。
皆わき目も振らずに自分の時間を削るのに一生懸命だった。



 世界は。もしかしたらママを早く忘れたがっているのかもしれない。


ふとした折にそう思ったものだ。


きっと今、時の早瀬に置いていかれているのは自分だけなのだろう。

母のいない世界の中で、ふわふわと自らの時間を漂わせながら。






『名を継ぐ者』






ある夜。

少女は窓を開け、夜の空を見上げていた。


プラネタリウムなんか嘘っぱちだと少女は思った。
星は数えるくらいしかなかった。

 人は死んだらお星様になるというけれど、それならどうしてこんなにも少ないのかしら。
この中に、ママもちゃんとお引越しできたのかしら。
引越に失敗してキラキラした星になれなかったから、皆が忘れていってしまうのではないだろうか。


少女はそんな事を思った。






―――と、


「千尋」


月の向こうから真白な綺麗な竜が少女の前に降り立った。
開いた窓から部屋の中にするりと入り込むと、その竜は人の姿に転じた。


それは、不思議の街での契約を今ようやく解消し元のこの世界に戻って来た竜神、ハクだった。


「ようやく約束を果たしに来る事ができた」


少女の手を握り、ハクは笑顔を向けた。

少し元気がないようにも見えたが、目の前の少女は昔見たままの変わらぬ姿だ。
だがいくら待ってみても彼女は無表情のまま。ずっと黙っている。



「…千尋?」



 様子がおかしい。




そう思ったハクが再度顔をのぞきこむと、彼女は答えた。


「私、千尋じゃないわ」


「……え?」


訝しむハクに少女は答えた。


「私、千尋じゃないの。ママは死んだの」
「ママ……?」


 どういう事だい?


聞き返しかけてハクは鋭く息を吸った。


 ――まさか………


「ママは死んだの」


もう一度千尋は…いや、
少女は繰り返した。


「では…」

かすれた声でハクは問う。


「そなたの……名前は?」




「 千早 」




恐ろしい確信がハクの全身を襲った。





つまり――そうなのだ。





探していた人はもうこの世には存在していなかった。
神としてハクが愛した一人の小さな可愛い少女、千尋。

夢の少女は成長し、結婚して伴侶を得、子を成していた。
そして今、




――彼女は死んだのだ。
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