Shortstory
□ビーンズ様へ
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「どうして逃げるんだよ!?」
「放っておいて下さい!…だって、」
貴方には関係ないでしょう!?
『ボク』が『ボク』で在り続ける理由
カントー、ジョウトの両地方を震撼させた、仮面の男…通称マスク・オブ・アイス事件が解決されてから約半年後。
事件が解決された後かなりの時間が経ったからか、あれ程までに騒がれたこの事件も、段々と皆の頭の中からその存在が薄れてきているようだ。
仮面の男やロケット団によって破壊された町も、随分と復興に力を注いできたためか、ほぼ完璧な状態になるほどまでも修繕されていた。
それはこのエンジュシティも同じであった。
かつて、半年前の事件の時には、ロケット団による人為的な地震に襲われ、建物は崩壊し、町は壊滅状態に追いやられた。
しかし、そんなエンジュシティも、現在ではごく一部を除いてほぼ完璧に修復されていた。
そして、今、未だに修復仕切れていない場所で、数人の人々が修復作業を行っていた。
「ミカンさーん!これはどうすればいいんですか?」
「それは後で捨てるから、そこら辺に置いておいてくれるかしら」
「わかりました!」
そして、そんな人々の中に『彼』の、いや『彼女』の姿はあった。
「それにしても、本当にありがとうね、イエローちゃん」
「えへへ、どういたしまして。でも、この町はボクにとっても大切な町だから…」
そう言って、イエローと呼ばれた少女は、一旦作業する手を止めて目の前に広がる町並みを眺めた。
そのイエローの様子を見て、ミカン…アサギシティのジムリーダーは、クスりと小さな笑みを零した。
「…ミカンさん?」
「ふふ、ごめんなさい。イエローちゃん、ちょっと見ない間に随分頼もしくなってたから…」
「た、頼もしい、ですか?」
「ええ。…もう、関係の無い一般トレーナーと他の町のジムリーダーに自分の町の復興を任せ、自分は何処かで千里眼の修行をしている某ジムリーダーなんかより、ずっと頼りになるわよ」
「は、はは…まあ、マツバさんはマツバさんなりに忙しいんじゃないのでしょうか」
脳裏にその例のジムリーダーを思い浮べつつ、イエローは苦笑して休めていた手を再び動かし始めた。
その彼女の頭には、髪を丸ごと覆い隠してしまう大きな麦わら帽子があった。
「…あの麦わら帽子のせいで、初めは男の子かと思ったけど、やっぱり女の子よね」
先程は頼もしくなったと言ったが、ミカンにとって、その頼もしさに加え、イエローは随分と女らしく優しくなったように思われた。
そう思いつつ、ミカンは、まるで女である事を否定するかのようにイエローの髪を隠している麦わら帽子を、少し悲しそうに見ていた。
そして、気が付けば誰に話し掛けるでもなくポツりと呟いていた。
「…折角の綺麗な金髪なのに、どうして隠してしまうのかしら?それに、女の子なのに『ボク』って…」
それは、ミカンの口からうっかり出てしまった彼女の本音だった。
どうして『女』である自分を否定し続けるのか。
ミカンの中で、イエローに対する疑問ばかりが渦を成して大きくなっていた。
一方のイエローはというと、偶然そのミカンの呟きを聞き、一瞬苦しそうな表情をしたが、すぐにその苦しさを抑えると、ミカンに対してこう言った。
「…ボクは、この格好で旅をしていた。この姿は、ボクの誇りであり、ボクの全てだ」
「イエローちゃん…」
イエロー自身は出来るだけ優しく言ったつもりだったのだが、その言葉は思ったよりも冷たく、鋭い刃となってミカンに突き刺さった。
「あ、ご、ごめんなさい、ミカンさん…ボク、その、」
唖然としているミカンを見て、イエローは自分の失敗を悟ったが、どうすることも出来なくなって気まずそうに下を向いた。
「…ごめんなさい」
「っ!?ま、待って!」
その場の重い沈黙に耐えられなくなったか、イエローはそう一言呟くと、モンスターボールからバタフリーを出して、ミカンの言葉が届く前に逃げるように飛び立っていった。
その場には、そんなイエローを引き止めようとしたのか、中途半端に手を伸ばしたミカンだけが残された。
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