青き春

□あつい
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俺、字変わったなあ。
ぼんやり思った。









「唇が赤いな」


不意にかけられた言葉に手が止まる。
斎藤がじっとこちらを見ていた。

唇。
そういやひりひりする。


「日焼け、じゃない?」


今日体育外だったし。
ていうか別に、だから何、みたいな。


清水が欠席の今日。
本来の日直の斎藤。
清水の次の千葉は不登校で、
千葉の次の俺が代理。
そして日誌を書くのは俺。
意味が分からない。
せめてこれだけはお前が書けと口から出そうになるのを堪え、俺は日誌に手を付けた。
早く済ませて帰りたいって気持ちの方が強かったんだ。

斎藤の視線を左に受けながら日誌を書き上げる。
欠席、清水、千葉。早退、欠課、なし。反省、体調管理をきちんとする。

そこまで書いたところで日誌に影が落ちた。
斎藤が立ち上がって、隣に来ている。
不思議に思って顔を上げると、


「な、に…」


唇に、唇。
何をしているんだ、こいつは。斎藤の顔がものすごく近くにあって、
その目は閉じられていて、


「や…めっ」


突き放そうとしても両腕を掴まれて失敗に終わる。
もう一度、今度は俺が顔を引いたから掠める程度。



「誘ったのはどっちだ」

「は、はあ?」


誘うって何。
腰に手が回る。
意外と力強く、そういえばこいつ左利きだった。

耳の後ろに唇が寄せられる。
少し、香水のにおい。
頬に硬い髪が触れた。


「藤堂」


軟骨を噛まれる。
熱い息と、腕を掴む右手。





がたんっ




気づけば廊下を走っていた。
突き当たって、階段を2、3段上がる。
何で上がってんだ。下りろ下りろ。
引き返して、また2、3段下りる。
触れた手すりがひんやりと冷たかった。

そこで、思い出す。


(ちくしょう鞄忘れた。)

もういいや。明日で。
いや…やっぱりよくない。
携帯も財布も、家の鍵まで入ってる。
明日って言ったって、それまでどうするつもりなの俺。



(けど、それでももう戻れない。)


人はいない。
外から部活の声がする。



「何なんだよ…!」


息が切れて、身体中熱くて、俺は立ち尽くす。
ああ、とくに耳が熱い。
唇もひりひりする。
手首も、腰も。
アイツが触ったとこ全部が。


「はあ、はあ…」


ずるずると壁にもたれてしゃがんだ。
西日が暑い。眩しい。

誘ったのは俺?
まだその意味をうまく飲み込めていないけど、襲ったのはあいつで。
この場合両成敗ってことになるんだろうか。



「…はっ」

(全く変なこと、考えてるなあ)




どうしよう分からない。
まだ斎藤は、教室にいるだろうか。

あいつは、知ってるんだろうか。





「おい」


影が落ちる。
西日を遮る長身が隣りに。


「いきなり走るな。怪我をするぞ」

「………な」

「お前の鞄だ。全くなにも考えずに出て行きやがって。頭を使え、馬鹿」


長い足を曲げて、俺の顔をのぞき込む。

何だよ。
何にもなかったかのように振る舞いやがって。



「誘ったのは、俺か?」

「あ?…ああ、さっきの話か。別にもう…」



実質三度目のキスは、前歯がぶつかる色気のないものになった。



「…っ!」

「ムカつく。あれはアンタにとっちゃただの気紛れかもしれないけど、そうやって何でもない顔されるとムカつく」

「…下手くそ」

「うるさい!アンタがこんなにしたんだ」


オレンジが目に痛い。
斎藤の手が伸びてきて、俺の前髪をかき上げた。

今まで、そんなに話したこともないし、ただのクラスメートって枠の中にいたのに。
何で、こんなに、急に。
ドキドキが半端じゃない。
あんまりちゃんと見たことがなかった斎藤の顔。
かっこいい、かっこいいんだよ、普通に。
くそ、考えてみろよ。
かっこよくてもこいつは男で。
俺も男で。
けど、それでもドキドキは半端じゃない。
背中が汗ばむ感じがした。
きちんとした呼吸が出来ない。
全部、全部こいつのせいだ。
顔に熱が集まっているのは分かったけど、どうしようもなかった。

頭に乗っていた手が頬に添えられた。
大きな手だ。
それから親指が、下唇に触れる。

目を合わせるとなんだか滲んで、自分が今にも泣きそうなことに気づいた。
別に、悲しいとかいうのじゃなく、きっと生理的なもんで。
だって、だってこんなこと初めてなんだ。
体がパニクっちゃってもおかしくない。
また、香水のにおいがした。


「どうにかしろよ…っ」


知ってんだろ。
熱の下げ方。
顔が熱くなる。
斎藤の手が冷たく感じた。


「ほんとに…誘ってばかりだな」


柔らかく重なる唇。
ひりひりしたけど、それもやがて分からなくなった。
斎藤のキスは、とにかく気持ちよくて、熱は下がるどころか上がりっぱなし。
結局こいつも、知らなかったってわけだ。

どこまでいくのか。
ひやりと冷たい廊下に座り込んで、俺たちはどんどん深いところまで落ちてった。








(責任とれよ)
(孕んだのか)
(ふざけんな!)



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