青き春

□6月上旬の話
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俺、何がしたいんだろ。


雨の音でよく聞こえなかった。
喉が張り付くような感触に言葉をうまく紡げない。
平助が灰色の空を頬杖ついて眺めるのが何だか絵になっていてムカついた。

俺はひたすら英文を訳す。
何やってんだろう。
心でため息を一つ。



図書館に行こうと言ったのは平助の方だ。
土曜だが部活がないのは試験のためだし、図書館なら静かに勉強が出来るだろうと思って来たのに。
自分を誘った張本人と言えばここに入ってからほとんどずっとこの調子だ。
特に勉強をする素振りも見せず、何を考えているか分からないようなぼやけた目線と、
時々心底思い詰めたようなため息をする。

うるさい、うるさいうるさい。
全く気が散る。
さっきから同じ英文ばっか見てるじゃないか。
何だよこの構文。

と静かに苛々していたところに8回目の長ったらしいため息。

あーっうるさい。
うるさいうるさい。
もう限界。何なのコイツ。

筆箱にシャーペンと消しゴムと赤ペンとを全て仕舞って鞄に入れる。英語の教材も、全部。
鞄を肩に掛けたところで、平助が気づいた。


「帰んの?」

「うん」

「何で?」

「うるさいから」

「雨が?」

「お前がだヨっ」


まるで人の気持ちが分からない奴だ。
外見がいい割に彼女が出来ないのはきっと、いや多分、じゃなくて絶対性格のせい。
無自覚だから、更にタチが悪い。

傘を差すのも面倒だったからそのまま駆け出そうとしたところを、右腕を掴まれ阻止された。
弾みで結局屋根の外に出たけど、平助の差した赤い傘に雨は防がれる。
ぐっと強く後ろから抱きしめられたまま硬直。
平助の体温が伝わる。
耳に押しつけられる唇は一度だけ俺の名を呼んだ。


「また、傘面倒だとか思ったんでしょ」

「ウン」

「風邪引いちゃうでしょ」


息が熱い。
耳に熱が溜まるのを感じながら、今日の俺は随分と素直にコイツの言葉を聞き入れた。
完全な公共の場だけど、赤い傘が守ってくれているような気がしたのだ。



俺は、気にくわなかっただけだ。

平助が俺の知らないことで悩んでると思うと、胸が苦しくなって耐えられない。
勉強のことでなら全く気に留めなないけど、明らかに違うから。


「寂しかったんだ?」

「別に、勉強してたし」

「その割には進んでなかったね」


分かってたのかよ。


「お前のせいだ」


声がかすれて、小さくなった。
それでも平助の顔は俺のすぐそばにあるわけだからきちんと聞こえるわけで。



「ごめんね、好き」


冷たいと思った。
傘が落ちて、平助の両腕が俺を抱く。
雨が、平助を冷やす。


「ごめん」



何を悩んでいたかは知らない。
俺を繋ぎとめる平助の腕は震え、更に強く。


「ごめん」


振り向いて、唇に触れた唇も冷たかった。

雨だか涙か分からない。
頬を濡らす平助に、申し訳ないと思った。







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