青き春

□それは遙か遠く
1ページ/1ページ




赤毛がちらちらしているのが見えて、無意識のうちに追いかけていた。
小さなその男の子はボロっちい道場に駆けていく。
あんな子が、刀を振るうのか。
そんなくだらない疑問を解決したいがために、俺は道場の門を叩いた。
それが全ての始まり。





あん時は素直だったのにな。

新ぱっつぁんが小さく呟く。
口元に笑みを浮かばせ、懐かしいような目で空を見ていた。
俺がそんな新ぱっつぁんに見とれていたら、不意にこちらを向いて、
「お前のことだよ?」

そんな可愛い顔、反則だ。


こうして日々、新ぱっつぁんは俺を狂わせた。
その度狡いなあとか、本人に告げもせず心に秘めていたりして。

「新ぱっつぁんだって、あん時は優しかった」

「今だってそーだケド」


何言ってんの。

新ぱっつぁんはけらけら笑って、「本当だろ?」と言った。


「(この人には、適わない。)」


平助がそれをいつも頭の隅に秘めていることを、新八は知らない。
けれど、平助自身自覚していない平助を、知っていた。


「(恐れている)」


人と、深く関わることを。
それはきっと無意識だった。
平助の、時々見せる笑顔が引っかかった。


「(泣きたきゃ泣けばいい)」


ただのそれだけを、彼は言えない。








「強くなりたいんです!」


整った顔をしたたかに打たれた後、そうして縋ってきた。
門を叩いた動機は不純。
しかし刀に叩かれた後ははっきりとしていた。


「逃げないなら、いいヨ」


笑いかけてやると、それは嬉しそうに叫んだ。


「ありがとうございます!」



思えばこの頃から既に、いつも一緒だった。
新八が自分より年上だと知って驚いたり(失礼すぎる。なのに敬語は日に日に薄れた)
刀で適わないことを悔しがった。(北辰一刀流目録?俺を嘗めるんじゃないヨ)



あれから2年。
たったの、2年だ。

だけどその2年で平助は二十歳を超えたし、日本は攘夷だ勤王だと慌ただしくなった。


こうして、短い時間の中にいろんな出来事が目まぐるしく過ぎていって、
今みたいに、のんびり昔話なんてしてることが、本当に懐かしく思えるようになるんだろう。

きっとそんなに時間は必要ない。
季節は瞬く間にもう一巡も二巡もする。


「平助」

「んー?」


今を積み重ねていけば、やがてそれにも終わりがきて、
別れが、あって、


「(泣きそう、新ぱっつぁん)」


静かに立ち上がった新ぱっつぁんは、また、いつものように笑った。

「散歩、行こうヨ。いい天気だ」

「…うん!」


小さな背中と門を抜ける。
たわいない会話。
歩幅を合わせながら、ゆっくり歩いた。

俺は、バカだから、
行間とか、余韻とかを読めない。
だから、何でも、言ってくれなきゃ分からない。


でもどうしてか、
新ぱっつぁんの言いたいことはいつも、手に取るように分かってしまうのだ。


吹き抜ける風が優しい。
ふわりと新ぱっつぁんのにおいがした。



「(いい天気だなあ)」


この、小さな背中を追ったあの日も、こんないい天気だった気がする。
あの日にこの人に会えたから、今の俺がいるわけであって、
この人が俺に笑いかけてくれたから、きっと今、こうして一緒にいるわけであって、


「変なカオ」

「え?」

「色男が台無しヨ」


俺、俺はもう、これから先、この人を越そうとかそんな無意味な考えは起こさないだろう。
目に見えている。
何をしたって適わない。

大人びた微笑みを俺に向け、新ぱっつぁんは再び背を向けた。


空は遠く、漏れる息は白い。
砂利を踏みしめる音二人分が、自分以外を存在させて、不意にそれをひどく有り難いと思った。

平助、と。
自分の名を、そんな柔らかい声で呼ばれると自然と心が落ち着いたものだ。
日に日に新ぱっつぁんの存在は大きくなり、じわじわと毒の如く支配していく。
そんな感覚を、どこか楽しんでいたのかもしれない。


いくら時が過ぎようと、自分たちの周りで、どんな変化が起きようと、
俺はこの人と生きていきたい。
この人を守りたい。

そう思った。


絶対に揺らぐはずはない。

そう、思ったんだ。



「新ぱっつぁん」


だから俺は、どうか新ぱっつぁんが俺と同じ気持ちでいてくれたらなと、
淡い思いをまた、心に秘めたのだった。







[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ