青き春

□わいずうぇいおぶらいふ
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もう少し賢く生きたらどうだ。


そんな提案をされたのはつい5分ほど前。
とりわけ仲がいいわけではない。
話したことは…あっただろうか。
その程度の関わりしか持ってなくて、ある程度距離があったと思うんだけど。

黒板に書かれる公式を眺めながら頭の中でひたすら反復される低い声に耳を澄ませた。
あんな声だったんだ。
結構冷たい。
俺のこと嫌いなのかな。
でも、だったら、
わざわざ話しかけてこないよな。


そして考えるのが面倒になった。
数学と片手間に頭使えるほど賢くないっつーの。

あれ。
賢く生きるって、何。

数学に取り組もうとしていた意識は再び戻される。
彼は俺の生き方が賢くないと思った。
だから賢く生きてみてはと言った。

でも、具体的にどのような部分が賢くないとおっしゃるのでしょうか。
そこんところ詳しくお聞きしたいですよね。

何だろう。
1ヶ月と持たずに終わったあの子との恋愛ごっこ?
朝慌てて課題を写すこいつほんとだらしないよな的なキャラ?
体育だけは5とかいう成る程高校男子みたいなありきたりさ?


「藤堂、お前の意識はどこに向いてんだ」

「うーん、とりあえずy?」

「今はP求めてんだよ」


ぽこんと丸めた教科書で頭を叩かれる。
先生、それ、タダじゃないんだから大事に扱わないと、ね。お母さんに怒られちゃいますよ。
けらけらとクラスメートに笑われながら俺はとりあえずPを見た。
このPは俺が賢く生きるために必要な材料になってくるのだろうか。
そもそも賢いって、何。

俺は鞄の中から電子辞書を取り出した。
英語と国語でしか使わないから今机上に出すのは目立つこと間違いないけど気になったことは即刻解決しないと気になって仕方ないからこれはしょうがないってことで。


賢い:頭の働きが優れていること。


ふむふむ。
じゃあ、頭の働きが優れている生き方をすればいいのか。
で、それって、どういう意味だ。


「藤堂、Pの座標は辞書に載ってるか」

「いや、残念ながら」

「当たり前だ。没収」

「え、うそ」


“賢い”が表示されたままの辞書が先生の手に。
どうやら今日の英語は分厚い辞書で挑まなければならないようだ。

どうしようどうしようとあまり焦りもせずにぼんやり思っていたら斎藤が当てられて答えた。
「P(3.-8)」
y=-8じゃん。
俺の「とりあえずy」はあながち間違っていない。
と反論したかったがどうやらこいつはbで求められたらしい。
「とりあえずy」生存説撃沈。

赤ペンでPの答えを書きながら、Pを答えることが出来た斉藤は賢い生き方を知っているのだろうかと思った。
それと平行して、果たして賢い生き方とやらは楽しいものなのかどうかと言う疑問まで浮上。
今現在俺が賢く生きていないとして、それでもそれなりに十分楽しく生きてきたけれど、賢く生きることは楽しいのだろうか。


「藤堂、何か言いたいことでもあんのか」

「あ、はい。賢く生きる…いや、何でもないです。とりあえず辞書カムバックみたいな」

「とりあえず数学以外は却下」


とりあえずとりあえず。
さっきから何気なく使っているけどとりあえずって何だろう。
こんな時に辞書がない。
俺の頭は疑問だらけだ。
みんながQを求めているけど、俺はもうそれどころじゃなかった。
PQの長さとか、χ軸とのなす角とか、もう俺の頭の中にそいつ等を入れてあげるスペースはない。
賢い生き方と電子辞書ととりあえずの意味ととりあえず昼飯。(またとりあえず使っちゃったよ。ほんと便利だよなあ)

教科書とノートを閉じようとした手を止めた。
ちょいとお待ちなさい右手。
せめて考える振りはしようよ。
時計を見た。
あと35分。
長っ!

俺は教科書とノートを閉じた。


賢い生き方というものはきっと俺には似合わない。
というよりまずその賢い生き方の意味が分からないからそれ以前の問題だと思う。
恐らく誰に聞いたって似合わないと言うだろう。
“賢い”って言葉が、似合わない。


とりあえず、寝よう。

ぱこーん。
机に伏した俺の頭に、間髪入れずに教科書がヒットした。





とりあえず:他のことはさしおいてまず第一に。









楽しかった。

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