novel -future-

□delicious time
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「ただいまー。龍峰、まだ晩飯作ってないだろ?」


「あっ…お帰り。早いんだね。ごめん、これから作るところなんだ」


「あぁ、いいんだって。今日はホワイトデーだろ?だから、お返しに俺が晩飯作るよ。お前は先に風呂入ってな」


「え、本当にいいの?」


「任せろって!俺が料理得意なの知ってるだろ〜?」



蒼摩は龍峰を風呂場へと押しやると、帰ったばかりでまだ外の寒さを含んだままの袖を捲り上げた。




「わぁ、いい匂い…」


龍峰が淡い蒸気を纏いながら居間の扉を開くと、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。


「もうすぐできるからさ、テーブル座ってて」



いつもは自分がこんな角度で見られているんだと感じながら、龍峰はてきぱきと動く後ろ姿を眺めていた。



「今日のメニューは、鶏肉のトマト煮でございま〜す」



ふざけてウェイターの真似事をしながら皿を運ぶ蒼摩に、龍峰は小さく笑った。



「なぁに、それ。光牙くん達とやったバイトの再現?」


「そうそう。あの時は失敗したけど、俺ウェイター向いてると思うんだよな〜」


 
「もう…どうせ女の子ナンパしたりしてたんでしょ?」


「はは、当たりっ。いただきまーす」


「うん、いただきます」


昔の失態を隠しもせず話す蒼摩に、龍峰は「浮気されてるはずなのに、なんか憎めないなぁ」と苦笑しながら食前の挨拶をした。


早速鶏肉を口に含むと、肉汁がじゅわっと広がり、トマトの酸味がその脂をしつこすぎない程に抑える。


蒼摩が趣味で集めている香辛料も、味と香りに深みを与えていた。


「どーですか?お姫様?」


「ん、すっごく美味しいよ!蒼摩、疲れてるのにありがとう」



蒼摩は食事の手を止めて、微笑んだまま龍峰の様子を見つめた。


その視線に気づいた龍峰が、食卓から視線を上げる。


「どうしたの蒼摩?食べないの?」


「…俺さ、家族ができたらこの料理食べてもらうのが夢だったんだ。だから、美味そうに食べてくれんの、嬉しくて」


「あ、そんなに僕、がっついてたかな…?」


久しぶりの蒼摩の手料理にテンションが上がってしまったのかもしれない、と少し恥じらう。


だが、蒼摩はそんな龍峰を愉しげに見つめたままだった。



 
「父さんが死んだ日もさ、夕飯にコレ作って、帰りをずっと待ってて…。あの時食べてもらえなかったの、まだ引きずってんのかもな」


「…そうだったんだ」



当時のことを思い返すような目をした蒼摩に、龍峰が気持ちを寄せる。


蒼摩は気遣われることに慣れていないのか、空気を変えようと明るい笑顔で龍峰に向き合った。



「…悪ぃ。なんか、湿っぽくなっちゃったな!食おう食おう!」



改めて食事を再開しようとした手を、龍峰がそっと握る。



「ねぇ、蒼摩」


「ん?」


「…これからは、僕がお父さんの分もいっぱい『美味しい』って言うよ。だから、そんな寂しそうな顔しないで」



龍峰の言葉に、蒼摩の無理に作られていた笑顔が優しく変わる。



「…サンキュ。…でも、お前だけじゃなくてそろそろ俺にも『美味しい』って言わせてくれよな」


「う…っ、それは。が、頑張るよ…」



細い肩ががくりと落ちる。






笑い声が絶えない小さな家庭。


俺がずっと欲しくてたまらなかったものが、今ここにある。


父さん。
 

父さんが教えてくれたトマト煮を『美味しい』と食べてくれる人が、世界一可愛い…俺の嫁さんです。




→あとがき
 
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