novel -future-

□love&cooking
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「ゲホッ!ゲホッ!」


全身を襲うだるさと、止まらない咳。


気づかないうちに風邪を引き、高熱を出した。


龍峰ではなく、健康だけが売りの俺が。



「…ハァ……」



引っ越しの荷物の整理に追われて、いつの間にか体を蝕んでいた風邪の菌。


馬鹿は風邪を引かないとよく言うけど、気づかないだけだ。


馬鹿な俺が気づいた時には、もう全身の筋肉に走る痛みで起き上がることも困難になっていた。



小さく扉を叩く音がして、首も動かないまま視線だけをそちらに向ける。



「…蒼摩、お粥食べれそう?」



閉め切っていた寝室の扉が少し開いて、新鮮な空気と涼やかな声が入り込む。



「…ぅん……」



がさがさの声で肯定の意を伝えると、食器をお盆に載せて、龍峰が室内に入ってきた。


風邪がうつるから入るなと、俺から龍峰を遠ざけた。


龍峰をソファで寝かせるのは気が引けたけど、俺がリビングを使うわけにもいかない。


おかげで寝室は暗く、妙な湿気でムンムンしている。


そんな中でひたすら汗を流すことに専念していた。



「電気、点けるね」



ぱち、という音とともに、久々の灯りが目に刺激を与えた。


蛍光灯の白い光が痛くて、眉をしかめる。


すると、光を遮るように、ひやりとした手のひらが額に当てられた。



「すごい熱」



汗でべたつく肌に、清潔なそれが心地いい。

本当は、もっと触れていて欲しいけど。



「…うつる」



重い喉で要点だけを呟いて、優しい手を振り払った。


本当は、一人きりで眠るのも飽きて、寂しくてたまらなかったのに。



「じゃ…ごはん食べて早く治そう?」



ね、と諭すように微笑まれた。

脇のテーブルに置かれた器の蓋が開けられる。


ふわりと広がる熱と、漢方の香り。


…漢方?



「はい、口開けて。あーん」



小さな唇が、俺のためにふぅふぅとレンゲに掬ったソレを冷ます。

優しい笑顔で、口元まで至れり尽くせりで運んでくれて。


ここまではいい。


理想の看病と言っても過言じゃないだろう。

ただおかしいのだ。



なぜ、レンゲに乗ったお粥が緑色なのか。



何となく色の理由は想像がつく。


健康回復にいいとされる漢方を、鍋の中に色々とぶち込んだのだ。


昔から龍峰のそばにいたからよく知っているが、漢方というのは癖のある味のものが多い。


おまけに、お粥の中にはどう見ても茶葉的な物が混ぜ込まれていて、口に入れるには相当な覚悟を必要とした。



「…蒼摩?」



口を開かない俺に、悪気のない龍峰が首を傾げる。



「……」



俺も男だ。


せっかく嫁が作ってくれた料理を拒む訳にはいかない。


大丈夫、どぎつい漢方茶を飲んだ時だって死にはしなかったじゃないか。


意を決して口を開くと、ちょうどいい温かさのお粥が流しこまれた。



「ン…っ!」



口に入れた瞬間から、頭を拳で殴られたようなショックが走る。


緑色の味とでも言えばいいのか、草の風味と、草本体の葉や茎の歯ごたえ。



「ぐ…っ」



これ以上味わっていてはいけないと、無理矢理喉から飲み込む。


一口を処理するだけで、すごい量の汗が噴き出した。



「っは、ぅ〜…っ」


「ご、ごめんね。まずかったかな…?」



俺の様子に、流石の龍峰も気がついたらしい。


言っちゃ悪いが、龍峰は料理が下手だ。

同棲生活初夜、甘い気持ちで事になだれこもうとしていた俺の気持ちを砕く程に龍峰の手料理は衝撃的だった。


それ以来、料理は龍峰ひとりにさせず、俺が色々教えながらやってきた。


完璧だと思われがちな龍峰の、唯一の欠点。


学園の友人達は、誰もこの事実を知らない。


俺だけが知っている欠点は可愛らしくもあるけど、取りあえず今目の前に迫ったコレを解消しなければいけない。


小さな鍋に色を湛えて湯気立つ、漢方粥。



「また僕やっちゃったのかな…。ごめん、外で買ってくるよ」



申しわけなさそうに立ち上がり、食器を片付けようとする手を制する。



「いい」


「…え?」



丸い目が、俺を不思議そうに見つめた。



「いいから…食わして」



レトルトのお粥なんかより、不味くても龍峰の愛情のこもったお粥の方がいい。


家族の愛情に飢えた俺には、例え緑色でも、詰め込まれた優しさがありがたくて、手放したくなかった。



「うん…」



龍峰は少し困ったように笑って、再びレンゲを手に取る。



俺達の生活の始まり。


それはこのお粥のようにカオスな状態かもしれないけど、いつか普通のお粥に変えられるように、一緒に進んでいこう。


ちょっと泣きそうな顔の恋人と、長い時間をかけて。



愛してる。



口から出せない想いは、この忌まわしい風邪が治った時に伝えよう。



差し出された緑色を受け入れるために唇を開けて、そんな事を思っていた。



 

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