『 ウザタク仕事しろ 』
彼女を初めて見たのは会社のカフェテリアだった。
仕事が一段落し、たまには社長室以外で一息つこうと足を延ばした月曜日の夜遅く。唐突に耳に入ってきたのがその言葉だった。
最初聞いた時はあまりの声の低さに男性が言ったのかと思ったのだが、聞こえてきた方向には若い女性が座っているだけだった。既に11時はまわっている店の中にはその女性しか客がいない。
つまり、さっきのは彼女が言った…?
(いや、聞き間違いだろう……)
目の前の女性は拓也と同じくらいの歳で、見るからに大人しそうなひとだ。
第一、こんな若い娘(こ)があんな声出すわけがない。仕事のしすぎで疲れが溜まっているんだな、そうだ、そうにちがいない。
頭(かぶり)を振って自嘲気味に笑った…、次の瞬間。
『給料泥棒コノヤロゥがっ!仕事しないなら消え失せろ物ぐさニート!幽霊社員!!あのクソ金髪がっ!!!』
…………………。
…………。
……。
聞き間違いじゃなかった………
ダン!!!っと拳で机を叩きながら唸る姿に絶句する。地の底から出したような声に、心なしか目が据わっている、なんだか物騒な雰囲気が滲み出ている…体から黒いオーラが出ている、と表現すれば良いのだろうか。何これ怖い、怖すぎる。
『いつもいつも仕事丸投げして自分の事は自分でしろっての!家に帰せバカヤロゥ!』
『おかげで休む暇もないだろうが!会社のコーヒーよりブルーキャットのやつが飲みたい、くつろぎたい、家に帰ってバンを抱きしめてほお擦りしたい!』
『毎日毎日毎日毎日ほんっっっと何処で何やってんの!!?何もして無いんでしょどうせ!ふざけんなコノヤロゥ!!!』
『あンのアホンダラァァッ!!!!!!』
その声と共に、彼女が握り締めていたボールペンがバキッと折られた、プラスチック製のボールペンが。
幸いにも向こうからこちらは見えていないようだ、私の頭の中で《逃げるが勝ち》という言葉が赤く点滅している。
よし!私は、何も、見なかった。
そう、自分に言い聞かせてカフェテリアをあとにした。
これが『彼女』との出会い。
「そういえば、《ウザタク》とはいったい誰なのだろうか?」