堕落小説

□イブ
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そうね。 


愛しかったのは、一瞬だけ。


お気に入りのブラウスも、ひらひらのスカートも。 


水玉のブラジャーとパンティも。 

「うざったいなぁ。」


黒のピンヒールを脱ぎ捨てる。それと黒いタイツも。 
部屋の半ばまで、蛇の脱け殻みたいに引きずって、途中で、すってんころりと転んだ弾みで脱皮は完了。 

愛しかったもの全部を、そうして脱ぎ捨てると、昨日のお湯がはいったまんまのバスタブにダイビング。 


ぬるぬると泡を纏うと、幾分か愉快な気分にはなれた。 


ざばぁん。 


生命の誕生の様に海なるバスタブから這い上がると、濡れたままの身体で部屋に戻った。 
陸に上がれば、いつかは乾くのだ。嗚呼、でも塩が浮いてこないかどうかは、とっても心配だった。 
けれど、それも、いつかは風がさらってくれるものと信じてみた。 

「陸に上がってきて、一番最初の食事は何にしようかしら?」


そう、うろうろとリビングを歩きまわると、テーブルに赤い赤い果実が置いてあった。 




禁断の果実、林檎。 




私の足元で、黒タイツの蛇が嘯く。 

「食べてしまいなさいよ。
そうすれば、貴女にも人並みの知識がつく。もう少し利口になったら、どうだい?」


私は、騙されない。 
アダムとイブは、これを食して楽園を追放されたと言う。 


「いやよ。」


と一言。 
すると全てを知っている蛇が喉で笑った。 


先程よりも激しい口調で私を諭す。 


「お前は、ここが楽園だとでも思っているのかい?

もう少しで、あの知足らずの、アダムで神様な男が帰ってくる。

何も知らない、アダムは、怒りにまかせて、お前を殴り、時には壊れものの様に、お前を抱くだろう。

時に、全知全能の神は、お前を、ここに囲い、ここにいる事が正しく楽園であると言い聞かせるだろう。 


さて、誰が、この矛盾に気付かない人間がいると言うのか。」


「……嗚呼、……でも、」


私は、頭を抱えた。 
痛い、痛い。頭が、くらくらする。私を、イブと言う無知な女にした薬が、私の理性を砕いていくのが、はっきりと分かった。 


もう、考えること自体が辛いのだ。 


けれど、それでも蛇は、囁きを止めたりはしない。
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